医・食・健・康

2009年11月15日 (日)

大きなサツマイモ

先日のブログで、大きなサツマイモを収穫したと記したが、どうも大したことないらしい。新聞記事によると、兵庫県伊丹市で家庭菜園されている方が、長さ45センチ、重さ約6.8キロのものを収穫されたらしい。これは、凄い。イモのお化けだ。

食べられるのかな。その他にも、2~3キロのものが3個ほど収穫できたという。そういうこともあり、自宅で取れたサツマイモの重さを改めて測れば、1キロ弱が3個。その半分くらいが2個。あ~あ、何だ、この程度か。

収穫した時は、いつも買うサツマイモとは、断然大きさが違うと思ったが、落ち着いてみると、大きいことは大きいが、その程度なのだ。更に、乾燥するのか、日ごとに小さくなっていく感じ(笑)。

これだと何とか食することが可能なようだ。食いしんぼうの流風としては、食べられるのなら、まだ収穫していないサツマイモの苗がどうなっているか、楽しみになってきた。しかしなあ、いくらサツマイモが好きといっても、女性ほどではない。

じばらくは、大量にとれたサトイモと大きなサツマイモに、囲まれて、げっぷが出そうだ。誰か助けてくれ(笑)。

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2009年11月13日 (金)

2009年末の準備をしながら

今年も、はや11月も中旬に入り、流風でも、年末の慌ただしさを感じる。国の方は、事業仕分けとかで、無駄な歳出を見直している。公開でされているのは、好ましいことだ。ただ、こういうことは、毎年して欲しいものだ。今年だけでは意味がなかろう。無駄というものは、毎年知らず知らず生じている。

それは家庭でもだ。家庭でも、「事業仕分け」のようなことをすれば、多くの無駄遣いが発見されるだろう。但し、第三者でなく、自分ですることで、限界があるけれど。でも、支出の見直し、支出の優先順序の組み直しは、国と同様、これから求められるかもしれない。

さて、そんなことを考えながら、年末の準備を明日からしようと思う。まず大掃除だ。掃除は、基本的に、各所を少しずつすることが、全体を早く終える方法らしい。今年は、部分的にリフォームしたので、念入りに掃除する部分は少なくて済む。リフォームは、長い間、辛抱してきたのだが、最近、業者の見積もりも、こなれてきたので、決断した。これで、ぽろ家も、見違えった(笑)。しばらく、掃除が楽だ。

その掃除だが、室内を掃除する時は、マスクが大活躍する。かつては、手拭いで、口や鼻を覆ってやっていたこともあるが、最近はインフルエンザ用に入手して余ったマスクを利用して、掃除をしている。これは快適。

確かに最近の掃除機は、なかなか優秀で、排出空気も、そんなに汚れていないが、それでも塵は立つ。はたきで、塵をたたけば、それは舞う。それをマスクはカバーしてくれる。今のところ、インフルエンザにかかっていないし、出番は掃除用になっている。一体、あのマスク騒ぎは何だったのか。大した効果もないらしいし。

続いて、水周りの、トイレ、風呂、キッチンだが、順番に取り組む予定。キッチンが一番太変だろうな。特に換気扇周り。一応、日頃から気をつけているが、毎年、大変だ。料理をする以上、仕方ない。さっそく、お掃除グッズを準備しよう。

室外は、切りがないので、毎年、完全には終わらない。まあ恥ずかしくない程度に適当に(笑)。家庭菜園も、畝も整備して、ほぼ終わり、実質、サツマイモの収穫で今年は終わり。そうそう、先日収穫したのだが、時期が遅れて、大変なことになっていた。今年は、サトイモが出来すぎて、未だに食べ終わらないので、サツマイモの収穫を止めていた。

そしたら、サツマイモが巨大化。大根の大きさくらいになっており、これは、もう食べられないだろうな、と思う。一応、掘り起こして、放置している。どうしようか。困ったものだ。でも両親が、話していたように、戦後、食糧のない時代は、毎日サツマイモだった時期があるという。サツマイモのツルも調理して食べたという。やはり何とか調理してみるか。でも、まずそうだな。

それはさておき、おせちをどうするか、悩みどころ。各所に聞いてみたが、今年は業者おせちも低調らしい。各家庭で作るのだろうか。お惣菜の既成品や半製品に少し手を加えて、重箱に適当に詰めても、それなりのおせちにはなるから、そのように考えている家庭が多いのだろうか。

確かに業者おせちは高すぎる。本来、家庭で作るべきものを、バブルの頃から宴会用のおせちを家庭に持ち込んだものだから、変な風潮になったが、各家庭それぞれのおせちがあっていいはずだ。

すべて、自分で作ろうとすれば、それは大変かもしれないが、最近は、お惣菜を、いかにも自分が作ったように見せかける主婦も多いというから、おせちなど、お茶の子さいさいかもしれない(笑)。流風でも、それくらいならできる。でも、重箱のある家庭が、どれくらいあるのだろう。

あんなこんなで、今年も暮れていく。

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2009年11月11日 (水)

お酢と健康

ある番組で、高齢の女性が、お酢の生活を推奨していた。彼女は、ある年齢になって、周囲が脳梗塞等で、次々と逝ってしまうので、危機感を持って、お酢の生活に目覚めたと言っていた。

確かに、歳を重ねるに従い、塩分や糖分の摂取は控えないといけないとされる。しかし、若い時からの食生活はなかなか変えられない。それに現代は、外食等で味付けの濃いものに、舌が慣らされてしまい、必要以上に塩分等を摂取しているらしい。

それが健康をじわじわ蝕む。気づいた時には手遅れということも多い。何を隠そう、流風も、かかりつけの医師より、塩分摂取を控えるように言われている。だが、塩分に代わるものは、ありそうでなかなかない、出汁や果汁ドレッシングで、ある程度、調節できるとはいうものの、限界がある。

そこで、お酢の出番となる。ただお酢にも、少量の塩分は含まれているのだが、塩とか醤油の直接摂取よりは、ずっと少ない。特に、お酢は、朝の摂取が望ましいと思う。まず、お通じがよくなる。朝から快調、否、快腸(笑)。

流風は、男だから、日頃から、お通じはいい方だが、お酢を摂取すると、さらに良い。便秘の多い女性には、是非お勧めする。変なサプリメントより、ずっと良いと思うよ。朝食は、日本食なのだが、まず漬物に醤油の代わりにお酢、納豆にも醤油や出汁の代わりにお酢。お酢を、できるだけ調理せずに、そのまま使う方がいいみたいだ。

酢飯もいい。その他、各種の酢の物。あまり手間をかけないで済むのは、流風向き(笑)。それで健康が保たれれば、御の字。大いに、お酢を使いましょう。

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2009年11月 6日 (金)

保育園依存症

それにしても、一体いつ頃から保育園依存症が始まったのだろうか。流風の子供の頃は、保育園は、あまり一般的ではなかった。水商売の人々が、子供を他人に預けて、夜、仕事に行くという風景はあったが。

しかし、母親は、子供にとって、生まれた時から、頼りになる存在だ。それから、突き放されると、子供は精神的に不安定になるはずだ。それは、その後も続き、情緒不安定を招きかねない。幼児における母親の存在は、大人になってから、意味を持ってくる。

それが、現在は、若い母親は、当たり前のように、保育園を求める。いつから、そうなったのだろうか。ある人によると、それは厚生労働省が、“三つ子の魂”を否定したことに始まるらしい。それは、人は数え年3歳までに、情緒も含めて、その考え方が定まるということを否定したことと同じだ。

どんな根拠か、わからないが、一部の学者の学説を信じたのだろう。だが、人々は、長い歴史の中で、子供の3歳までの、親の接触がいかに大切かと感じてきた。そして、それは3歳以後も程度の差はあれ、同様だ。結果は、子供が大人になってから、はっきりする。子供時代に親の接触が深いと、キレる子供にはならないという。

例え、反抗期に、反発しても、ある一定のところで止まることができる。それは幼児の頃、親に受けた愛情が擦り込まれているから、親のことが許せるのだ。反発するのは、自分の存在を認めてほしいからだが、そのために親を試して甘えているのだ。そして、それの限界を確かめようとする。

それに対して、親が必死にぶつかってくると、それを愛情と理解する。幼児の頃に、親が子供に接していると、それは自然にできる。子供は子供だからだ。そのことは、大切なことだ。親はなくても、子は育つというのは、所詮、慰めの言葉にすぎない。子供時代、親との接触がないと、大人になって苦しむのは、子供本人だ。

ところが、幼児の時に、働きに出て、保育園任せにすると、親が濃密な接触をしていないことになる。それは子供の反抗期には、戸惑うだけで、困った存在にしか映らないことにつながる。それが子供との決定的な距離を生む。多くの犯罪の要因は、ここに潜んでいる。

もちろん、すべての子供がそうはならないだろうが、いつ爆発するかわからない不安定なものだ。世のお母様方は、働きに出るという理由で、子育てを保育園任せにしないことだ。子供の時の、母との接触は、子供に何らかの記憶が残るのは明らかだ。

いろんな困難に出合った時、母親の愛を思い起こすことができるような子育てにしてもらいたい。生活が苦しいから、共働きとは、よく聞くが、流風の子供時代と比べれば、いかに贅沢か。もっと堅実な生活を送ってほしいものだ。

*追記

保育園は、本当に生活が苦しい人だけに、社会保障的に実行されればいい。自らのわがままのために、育児放棄すべきではないだろう。育児と仕事の、どちらが重いかは、明らかだ。また、厚生労働省も、誤った育児のあり方を修正し、新たに啓蒙すべきだ。

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2009年11月 3日 (火)

新米と「おばんざい」

冷える、冷える、急速冷凍みたいに寒い。冬物を一気に取り出した。毛布、ジャンパー、ベスト、マフラーなど。そしてコタツ、ストーブも。冬は、毎年、こんな急だったかな。一度に10度も下がるとは。

ところが、庭を見ると、サザンカ、椿が元気。両方とも、花芽を大きくしている。特に、サザンカは、今か今かと待ち受けている感じ。冬に強い木なんだねえ。サザンカは、比較的大きいものと小さいものもあるが、植え替えても、強い。植え替えて、枯らしたことはない。

さて、寒くなってくると、温かい食べ物がいい。鍋物、煮物、いずれにしても、美味しい時期だ。それにお米も、新米が出回っている。今年は、地元産でなくて、東北産のある特別栽培米を買ってみた。これが実にいい。粘り気があって、腰がある。あまりに美味しくて、食べ過ぎになりそうだ。

料理は、これから、「おばんざい」もいい。「おばんざい」なんて、全国の言葉だと思っていたが、京都を中心とする言葉のようで、知らない人もいるのには、少し驚いた。まあ、本来、家庭内で、ある材料でちゃっちゃっとできる料理を指し、食べ残さない程度の量を作る。

ところが、外食で、「おばんざい」と言えば、常備食を指すようで、流風も、どちらかというと、そういう意味で使うことが多い。その「おばんざい」の常備食は、これから冷蔵庫に入れなくても、保つので、鍋や皿に盛って、何日も、少しずつ食べれば、毎日の料理の手を抜ける(笑)。

そういうことで、昨日から、「おばんざい」スタート。まずサトイモがたくさんあるので、大根、人参との煮物。そして筑前煮。たくさん作って、テーブルの上に置いていたら、今日の朝には、にこごりが出来ていた。今日は、ブリのアラが買ってあるので、ブリ大根を作る予定。

後は、金平ごぼう、切干大根に、ひじきの煮物ぐらいか。つい先日買ったごぼうは、実に新鮮で美味しい。ごぼうの煮物はもちろん、豚汁にも使った。切干大根やひじきの煮物はたくさんできるので、食べ終わるのが大変だが、これからの時期は大丈夫。

それにしても、作り置きは、何といっても、楽なことは間違いない。主夫(?)にとっても、ありがたい存在だ。それに冷蔵庫に入れると、食べ忘れがあるが、テーブルの上に置いておくと、そういうことは少ない。後は、食べ過ぎて、体重が増えすぎないように注意するだけだ。

*追記

でも、こういうものを食べていると、業者の作るおせち等は、食べられなくなる。味が濃すぎるからだ。でも来訪者には、業者の作ったおせちかな。見栄えはするからねえ。正月のおせちをどうするか、本当に悩ましい。業者は、もう少し、薄味のおせちは作れないのだろうか。

*平成21年11月7日追記

寒くなり続けると思ったら、この暖かさ。おばんざいは、当面あきらめた(笑)。本当に、体調の維持管理が難しいのと同様、料理の管理も難しい。結局、作ったものは冷蔵庫行きだ。

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2009年11月 1日 (日)

電子レンジを買う!

一般の人からすれば、今時、電子レンジを買ったところで、別に珍しいことではなかろう。しかし、流風家は、親の代から、電子レンジが大嫌い。電磁波の問題もあるが、仕組みがよくわからいないモノには手を出さない原則に従ってきた。

特に母は電磁波を毛嫌いしたが、自然の中にも、存在する。多分、直感的に嫌だったのだろう。確かに、母の直感は当たるものもあったが、はずれのものも多い。しかし、長年、電子レンジは存在しなかった。

流風も、かつて、ずっと前、若い20代の頃、先輩に勧められて、温めレンジを購入することがあったが、温めても、すぐに冷めてしまうので、しばらくして処分した記憶がある。そういうこともあり、電子レンジは、ずっと、無いままで、蒸し器で温めてきた。

しかし、温めるだけでなく、料理をするとなると、最近の料理マニュアルには、電子レンジを前提としたものが比較的多く、少し困ったこともあり、知り合いにも、いい加減購入したらどうかと言われ、とうとう購入したのだ。

今のところ、温め用にしか使っていないが、大昔のものとは比較にならないほど、よくできている。まず、すぐに冷めない(笑)。まあ、久しぶりに浦島太郎状態です。商品は年々進歩しているということを失念していた。

電磁波のことはよくわからないが、今のところ、健康に問題はないようだ。影響は、長期的経過を経て、出てくるものなので、絶対安全とは言えないが。心配性だった母は、あの世で、心配しているかもしれない。

そういうことで、流風家に電子レンジが存在するということは、わが家には、革命的(笑)。せいぜい、この冬は、十分活用させてもらおうと思うのだが、うまく使えるだろうか。超不安(笑)。

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2009年10月28日 (水)

里芋の収穫2009年

家庭菜園で、里芋を収穫した。この里芋、毎年のことだが、春に、買っておいた里芋が、あまり日にちが経っていなかったと思うのだが、ある日見ると、皆、芽を出している。これは大変と思ったが、全部、家庭菜園で、種芋に使うことにした。

全部で7個。毎年、こんなミスをするのだが、今年は、買った一袋全部。昨年は、育て方も悪かったが、収穫時期も誤り、十分な成果がなかった。やはり、ちゃんと面倒見ないと、植物も成長してくれない。これは人間も同じだろう。

今年も心配だったが、とりあえず、一株だけだ掘り起こしてみた。そうすると、どっさり芋がついている。ざっと23個程度で、皆そこそこの大きさ。栽培がうまくいき、結構な芋か取れたということだ。

何が良かったのかは、はっきりわからないが、畝を大きくしたことがよかったのかもしれない。肥料は何もやっていないが、生ごみの堆肥が活きたのかもしれない。もちろん無農薬。そして、本にアドバイスが書いてあったので、土が痩せた分、途中で、土を十分加えるようにした。

しかし、こんなに取れると、毎日、里芋料理になるのかな。ふむ、どうしたものか。料理と言っても、それほど知っているわけでもない。まず、里芋の炊き込みご飯。これは昔から作っている。ネットで見ると、いろんなやり方があるようだが、シンプルなやり方をしている。揚げとスライスした里芋を入れ、出汁と酒と醤油を入れて、炊くだけ。

その他には、大根と人参と揚げと里芋を煮込んだもの。これも割と簡単でおいしい。大根と人参と揚げという基本料理に、里芋を付け加えただけ。だが、里芋の風味が加わり、更に美味しくなる。それから、里芋と白ネギの煮込み。これも、違った味わいになる。ネギの甘さととろみがいい。後は、味噌汁の具に使う。

だけど、これらの料理だけでは消費しきれない。残り6株もあるのだ。どうしようか。出来は、株によって違うだろうけれど、全部で、ざっと100個は堅い(笑)。もし実現すれば、費用対効果は、抜群だ。何と言っても、種芋7個で、100個だもんね。嫌らしく、お金に換算すると、こりゃ凄い(笑)。まあ、獲らぬ狸の皮算用だけれど。

それに、一部、料理をして食したが、確かに掘り立ては、新鮮で美味しい。まあ、もともと、里芋は健康にいいとされる。やはり、新しい料理法を検討して、せいぜい食べることにしよう。

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2009年10月24日 (土)

歩数計と運動靴

一応、一日一万歩を目指しているのだが、夏ごろから、雲行きが怪しくなり、目標が達成できていない。別に夏バテしたわけではないが、今年の長梅雨というか、雨が多かったため、どうしても交通機関の利用が多く、結局、歩数目標はクリアできなかった。

ここへ来て、しばらく天候も安定しており、歩くことが増えて、歩数も増えているが、少し前、歩数計を失ってしまった。いろいろ探しまわったが見つからず。どこで落としたのだろう。これで三度目だ。前二回は、室内で、相当時間が経ってから、見つかった。買い直したから、歩数計は、貯まるばかり。傘と同じ運命だ。

そして、歩くのも、ただだらだら歩くだけではいけないということで、今回、バージョンアップしたものを購入。歩いた歩数は、以前の歩数計と同様に、表示されるが、それ以外に、運動の実効性のある歩数が表示される。だから、いくら、歩数が増えても、実効性のある歩数が増えないと、あまり意味がないらしい。それが一日、五千歩が望ましいということだが、それは、まだ一週間に一回程度しか達成できていない。

それで、どうしようかなと考えて、今度は運動靴を買い直した。この運動靴は、某タイヤメーカーの出しているものだが、歩いていて非常に軽快だ。何と言っても、歩くのが楽。こんなものがあるのなら、もっと早く買い換えすべきだった。これで、もう少し、実効性のある歩数を伸ばそうと思っている。

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2009年10月18日 (日)

粕汁の季節

やはり涼しくなると、あらゆる料理が美味しくなる。特に温かくなる料理は、今後ますます増えるのだろう。毎年、夏痩せするが、これから、また体重が増えそうな予感。まあ、女性のようには、あまり心配しないけれど。年間を通じた体重パターンがあり、体型は若い頃から、変わらないから、安上がりの身体なのだ。

さて、料理の方は、これからは、おでん、鍋物などが簡単でうまい。男でも、気軽に作れる。もちろん、少し手を入れるだけで、それはグルメ(笑)。関西でも、ミシュランなんて騒いでいるが、流風には関係なし。自分の舌が、絶対だ(笑)。

それに星は自らつけるもの。会社の役職と同じで、それは狭い役割。それを評価する人は、食べに行けばいいし、そうでない人間は、無視すればいい。自分の行きつけが、星三つだ。格付けなんて、いい加減なものだ。そういうと、企業の格付けもね。

話は、例によって、それてしまったが、今回は、粕汁を作ってみた。秋に作るのは今年初めてだ。大根、人参、揚げ、ネギ、鮭をたし汁に入れて、酒、みりん、酒粕、塩を加えて煮るだけだ。今回は、平天が余っていてので、刻んで入れてみた。隠し味は、白味噌少々。

それにしても、この粕汁は、具の内容によっても味が変わるが、酒粕の種類によっても、随分味わいが違う。いつもは里芋を少し入れてみるのだが、まだ家庭菜園の収穫ができていないので、今回はなし。だが、大変良い味になった。

酒粕は、今回、「灘本場生板粕 六甲山」を使用。毎年、時々使うが、上品な味だ。好き好きだけれどね。だから、特に推奨はしないよ(笑)。拙ブログ読んている人には意味わかるよね。そして、今日は、おでんにするか。

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2009年9月26日 (土)

“エコナ”ショック

NHKで、花王「エコナ」に問題があると報道されて、話題になっている。花王は、健康には問題がないと言うが、実際のところ、わからない。流風も、健康にいいと聞いていたので、使っていた。油は、炒めものに使うサラダオイルの代わりに使っていたので、量はそんなに使わないが、一応手元にあった分は、処分した。

このように特殊に加工された油(グリシドール脂肪酸)は、従来ないものゆえに危険性が高いとは初めて知った。厚生労働省も、特定保健用食品として、認可していだけに、何とも言えない複雑な気持ちだ。

やはりサプリメント同様、無理のある食品は、人体に悪い影響を及ぼすと言うことなのだろうか。もちろん、全ての食材には、人間にとって、何がしかの“毒”が含まれていることも確かだろう。

ただ自然によって形成されたものと人間によって加工されたものには、自ずとリスク度合いは異なるだろう。自然物も、偏食すれば、それは毒として作用するかもしれないが、なかなか一遍には食することは難しい。

ということは、私達は、このような自然界にない加工物を口に入れる場合は、覚悟をしなければならないと言うことかもしれない。便利だと言うことで、ついつい使いがちな加工食品を改めて認識しなければならないと思った次第である。

*追記

ついでに記しておくと、昨年のことだが、頂き物で、同じメーカーの台所洗剤を使ったところ、変な虫や蟻が流し台に集まって困ったことがある。他社品のものにかえると、それはピタリと止んだ。理由はわからないが、このメーカーの開発姿勢に問題があるかもしれない。

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2009年9月22日 (火)

ボケ防止の家庭菜園

女性が、男より長生きするのは、生物学的観点で説明されるのかもしれないが、女性は家の中のこまごまとした仕事をやってきたことが、脳の活性化に役立っているのではないか。それが寿命に影響しているのだろう。

ただ、最近の女性は、家事を放棄し、仕事に流れる人も多いから、将来も、女性が長生きできる保証はない(笑)。大体、仕事というものは、いくら工夫をしても、ワンパターンになりがちだ。

仕事も、政治家のような多様な心配りが必要な職業は、まだいいが、そうでない職業の場合は、気をつけなければならない。もちろん創造的な仕事にすることを心掛ければ、一生仕事をして、長生きできるかもしれない。

しかしながら、皆が皆、創造的仕事をできるわけでもない。それに普通、会社員であれば、確実に定年はやってくる。そして、定年後、何もしなければ、確実にボケて寿命も短くなるだろう。それを解消するために、何かをやらなくてはと、皆感じている。

そういうことを意識してかどうかは不明だが、兵庫県下の都市部(神戸市、姫路市、尼崎市)では、60歳以上の人々に、市民農園が人気があるとかで、常に待ち状態であるという。家に家庭菜園が設けられなければ、借りるしか手がない。マンション住まいだったら、止むを得ない。

いずれにせよ、作物づくりは、いろいろと頭をめぐらす。自然の複雑系に接して、いろいろ考えることもある。ボケ老人が、植物の栽培に参加して、活き活きとしていたという報告もされている。脳の活性化に役立っているのは間違いなかろう。

それに太陽にあたって、健康的だ。老人たちは、家に引きこもりがちになるが、それを解消して、日光浴の効果も得られる。日々の変化や、こまごまとした事象の発見は楽しいものだ。

そのように考えれば、定年退職者たちが、市民農園を借りようとするのも、よく理解できる。趣味人は、定年後も、いろいろやり続けるだろうが、大して、趣味のない人間には、ボケ防止に、家庭菜園はうってつけだ。

ただ、貸し手は積極的ではないようだ。つまり供給不足。その原因は、税制にあるようだ。しかし、農業者にとっても、耕作放棄地であれば、それなりに価値のあることではないか。いろんな人々に作物の作り方を指導しすることは、手間はかかるかもしれないが、楽しいことだろう。農地を貸すことに積極的になってもらいたいものだ。

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2009年9月14日 (月)

強烈な虫に刺される

家庭菜園をしていると、当然、多くの虫に接する。今では、バッタ、キリギリス、クモ、アリ等の他に、夜には、コオロギや鈴虫等がいる。これらは、結構癒してくれるし、その動きを観察しているだけで楽しいものだ。あるバッタは、ずっと身動きしない。翌日も、その翌日も。何をしようとしているのだろうか。死んでいるようでもない。今朝、見たら、1センチほど移動していた。

まあ、これらはまだいいとして、蚊が難敵だ。少し草取りをしていると、すぐ狙われて刺される。一応、長ズボン、長袖、首にタオル、軍手と重装備で臨むのだが、少しの隙間から、入ってきて刺される。ホントに、油断も隙もない。痒いなあ。

だが、蚊に刺されても、痒いだけだが、ある虫に刺されると激痛が走る。蜂もこわいけれど、意外と刺されない。彼らの巣の勢力範囲を侵さない限り、あまり刺された経験はない。

では、刺されたものは何かと言うと、イラガの幼虫だ。緑色しており、棘がいっぱいある。これに刺されると、とんでもない痛さ。運針の手元が狂って、針を指に刺した時より痛い(苦笑)。今年は草取りしていて、やられたし、できの悪い柿を収穫していても、やられた。

見えていたら、気がつくのだが、見えないところに潜んでおり、ちょっと素手で草や果物を取ろうとした時に、ふいにやられる。この激痛は、経験のない人にはわからない。しばらく、何もする気がしない。水で洗って、軟膏を塗って、しばらくして、やっと落ち着く。

あ~あ、鬱陶しい虫だ。でも、農薬は蒔きたくないし。仕方ないか。彼らも生きるため必死なのだろう。でも、もう二度と刺されたくない。本当に困った存在だ。

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2009年9月13日 (日)

人と動物の共通感染症

先日のブログでも、記したように、家の中で動物を飼う人が増えているが、同時に、人間も病気をうつされるリスクを負っている。両親は、室内で動物を飼うことは、絶対駄目と言ってしていた。特に父は、その危険性をかなり前から指摘し、動物との共生は難しいと、常々言っていた。

昨日(平成21年9月12日付)の日経新聞にも、その危険性を指摘する記事が載っていた。人と動物の共通感染症をズーノーシスと言うらしいが、さすがにその言葉は知らなかったが、動物と共にしている人は、十分気をつけてもらいたいものだ。

そうしないと、周囲の人々さえも、災難に巻き込むことになる。単にかわいいとかで、可哀想だからという理由で、飼わない方がいいだろう。新聞を読まれていない方のために、転記すると、人と動物の共通感染症の症状としては次のようなものがあるらしい(国立感染症研究所獣医科学部、山田章雄部長)。

①猫ひっかき病

  猫の爪に、ひっかけられて発症。

  傷跡に赤いおできができ、発熱や頭痛の症状がある。

②パスツレラ病

  ペットに舐められたりして感染。

  抵抗力の弱い人は、傷口が化膿したり、肺炎に。

③カプノサイトファーガ菌による感染症

  免疫力が低い人が噛まれると、発症。

  心内膜炎や敗血症に。死亡率30%。

④Q熱

  犬や猫を通じて、発熱や筋肉痛を発症。

  インフルエンザと似たような症状。

⑤トキソプラズマ症

  猫を通じて、発症。

  妊婦の初感染で流産。

⑥回虫症

  犬や猫を通じて、発症。

  腹痛や視力低下。

⑦オウム病

  オウムなどの鳥類を通じて発症。

  発熱、倦怠感など。インフルエンザのような症状。

⑧エキノコックス症

  犬(北海道)を通じて発症。

  肝機能障害など。

以上の症状を見るだけで、動物を飼うということが、いかにリスクが高いかがわかる。上記に記したのは、一部の動物に過ぎず、その他の動物も同様に、病気をうつされる危険性がある。

ということは、余程の覚悟と準備ができないのであれば、安易に動物を飼うべきではなかろう。特に、室内では接触密度も高く、危険と言える。  

一応、ズーノーシス予防のためには、飼育ルールの確立が大切なようである。すなわち、

一、犬用、猫用の混合ワクチンで基本的な病気を予防

二、一緒に寝たり、キスしたりしない

三、ペットになめられたら、すぐ洗うこと。食器の共有はしてはならない。

四、猫は必ず爪を切っておく。

五、乳幼児が一人の時に、ペットに近づけない。

六、散歩の時は、引き綱を用い、不潔なものを口にさせない。

以上のような対策は、ある程度有効であろうが、完璧ではないだろう。動物を飼うには、それ相応の覚悟と準備が必要(きちんと対応しようとすれば、それなりにお金と時間が必要になる)で、安易に飼ってはならないし、人に勧めてはならないだろう。十分な配慮なしに飼えば、結果的に、知らず知らず周囲にも迷惑をかけることになる。

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2009年9月 6日 (日)

部屋を清潔に保つこと

子供の時、両親から、室内を美しく保つことをやかましく言われた。父は、きれい好きだったが、母は、掃除嫌いだったので、どうも、言うこととやることが、合っていないと思ったものだ。それでも、母は母なりにしていると考えていたようだが。

そういうことで、子供の頃は、躾とか何とか言って、部屋の掃除、廊下の雑巾がけ、風呂掃除は、流風にも、お鉢が回ってきて、大変だった。できるだけ楽しくやるように工夫はしていたが、所詮、子供やる掃除なんて、いい加減なものだ。

その結果、流風が、手抜きした箇所が見つかり、帰宅した父から、母は、お小言をもらっているようだった。誰にも文句を言えず、ぶつぶつ言っていた。大体、流風が掃除している間も、母は本を読みふけっているんだから、どうしようもない。困った母だった。

それでも、母に代って掃除をすることで、結局、わかったことは、室内にできるだけ物を置かないことが、室内を美しく保つ秘訣と理解した。そうすれば、掃除も楽だ。室内に物が溢れていたら、それをどかすだけで、嫌になる。最初から、なけれぱ、そういう心理的な負担も小さい。

よって、流風の部屋は、いつもガランとしている。若い時、数人の女性が訪ねてきたが、あまりに何もなく、生活感がないので、びっくりしていた。最低必要なもの以外は何も置かない、と説明すると、「信じられない」と言っていた。

もちろん、室内に、犬や猫を飼うことなどありえない。そんな煩わしいことはしない。いくら美しくしても、彼らは、何をするかわからない。躾の問題としても、相手は動物だ。人間のようにはいかない。清潔に保とうとすれば、それなりの配慮も余分に必要になる。

両親も、そういうことは絶対駄目と言っていたので、今でも、同じ気持ちだ。当然、室内犬や猫のいる、お宅には訪問しない。動物アレルギーはないと思うが、自宅に持ち帰るリスクをわざわざ抱える必要はない。君子、危うきに近寄らずだ。割と女性は、室内で飼うようだが、あまり、そういうことは考えないようだ。

犬、猫を飼うぐらいなら、今は亡き某女流作家が言っていたように、独身女性は、「男を飼えば」いいのだ(笑)。男によっても、部屋を荒らして、汚くするリスクはあるが(笑)。まあ、男より、動物の方が扱いやすいから、そちらに走るのかもしれない。でも、彼女らが本当に大人になるのは、いつになるのだろう。

まあ、随分と本題とずれてしまったが、部屋を清潔に保つことは、病気の予防になることも事実だ。いろんな環境機器の利用もいいが、まず基本的な清掃が大切だ。そして、ゴミがわかりやすいような部屋づくりや利用が望ましい。

*追記

これからの女性は、「男を飼う」と言うより、「男を育てる」思考が求められる。新首相の夫人も、そのような雰囲気の女性であろう。彼を励まし育成したのは、夫人の貢献が多いという。その論で行くと、女性は明るく、楽観的であることが必要なようだ。ただ、彼女の場合、離婚も経験されているから、それが現在の彼女の人間形成をしているとも言える。塞翁が馬なのだ。だから、単に明るくて、楽観的であればいいということでもない。

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2009年8月21日 (金)

夏のインフルエンザ流行と免疫力強化

困ったことに、夏のインフルエンザが流行しているようである。それが新型らしいのだが、流風には、何が新型か十分知識はない。ただ、病気持ちで病院施設に入っている高齢の方々が亡くなっているが、それは一般には、夏は珍しいかもしれない。高齢者は、毎年、冬に風邪をひいて、それが悪化して亡くなる例が多い。

さらに、驚いたのが、プロ野球の選手が、罹っていることだ。体力も十分にある彼らが、このインフルエンザに罹るとは。確かに、この病気にかかった免疫がなければ、そうなるのだろう。高熱を出したからと言って、そんなに大変なことなのだろうか。騒ぎ過ぎではないかとも思うが、観客に病気をうつす可能性を心配しているのだろう。

でも、やはり心配なのは、病院や介護施設などのように患者の集団になっているところの対応処置が大切だろう。こういう施設では、個人の努力ではどうしようもない。菌が蔓延するスピードも速いし、抵抗力のない人も多いから、多くの禍を生む。

除菌しているから大丈夫と云うのは、大きな誤解だろう。過剰な保護をすれば、菌耐性の弱い患者は、少しの菌で、病気に罹る。こうなると、病院のような施設は、最も危険な場所と言える。そうは言っても、病気になればお世話にならざるを得ない。

結局言えることは、菌に対する耐性を強くするしかない。免疫力の強化は素人の視点でも望まれる。それは昔から言われているように、胃腸を強くすることだろう。今まで、民間で言われてきたことを記しておこう。

一、食べ物は、よく噛むこと。

これは胃腸の負担を小さくするし、消化がよいので、栄養が確実に吸収される。

二、食べる食品の十分な選択。

現代は、いろんな食品が溢れているが、加工食品は極力避け、新鮮な食材を調理して食べること。

三、口腔管理

口の中をきれいに保てば、病気に罹る率が低くなると指摘されていることは、以前にも記した。

四、胃腸の掃除を定期的に行う。

一般的には、絶食が勧められるが、これでは完全に掃除でないと言われる。そのため、漢方薬等で除去する。例えば、サルノコシカケとか、梅寄生がよいとされる。これらは、胃腸を掃除し、免疫力を高める。但し、加工された薬剤はきつすぎるので避け、煎じ薬が望ましい。後は、専門医によって、洗浄してもらう手もある。

風邪とか、インフルエンザは、胃腸と密接な関係があると言われてきた。医学的根拠は不明だが、多くの先人から、そう教えられてきた。食べ物の選択、食べ方、その後の処理が結局、強い免疫力をつくるのだろう。

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2009年8月 1日 (土)

イモ、タコ、ナンキンを食する

関西は、未だに梅雨明け宣言せずに、8月突入だ。深夜には、激しい雨が降っていた。8月7日は立秋。いったいもどうなっているのだろう。そういうと、数日前、ツクツクボウシが夕方啼いていた。何か勘違いしたのだろうが、変な感じ。今年の農作物の出来が心配だ。一部、値上がりしている。果物も、先日、桃を食したが、やや甘さが足りない。早く、まともな天気になってもらいたいものだ。

さて、先日、女性が好むというイモ、タコ、ナンキンを、男も食わんと調理して、頂いた(笑)。現代の女性が、果たして、どれくらい、イモ、タコ、ナンキンが好きかどうか、わからないが、家庭菜園でできたナンキンを調理してみた。

先日のブログでも記したが、ナンキンは、作ろうとして作ったものではない。勝手にできたのものだ。毎年できるが、去年の秋にできたナンキンは、どうしようもなかったが、今回も、こわごわ開けてみたが、何とかナンキンの味がした。それなりに美味しかった。

でも、流風の料理は基本的に簡単なものばかり。料理番組でやっているような手の込んだものは、邪魔くさいので作らない。ナンキンは、出汁と酒とみりんと醤油で炊いただけ。サツマイモは、ピーマンと揚げを使って、味噌汁にした。茹でタコは、適当に切って、キュウリのぶつ切りと合わせて、ドレッシングしただけの簡単なものだ。

それでも、まずまずの料理だ。但し、ナンキンは、半分使ったのだが、結構な量になり、少しもてあまし気味。少し残して、冷蔵庫へ。次は、いつ食べるだろうか。腐らせないようにしよう。でも、ナンキンは、二個収穫したので、もう一つ、でかいのがあるのだが、どうしよう。

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2009年7月27日 (月)

天海僧正の長寿法

      こと足らば 足るに任せて、こと足らず

             足らずこと足る 身こそ安けれ

                                  (天海)

天海僧正は、徳川三代に仕えた人だが、その出所・出生は不明だ。ただ家康は、かなり惚れ込んだようだ。豊臣を滅ぼす智慧を授けた人物でもある。僧でありながら、かなり現実的な参謀の役割を果たしている。

その彼が長寿法を、家康や家光に指南している。最初に示した句も、その一つだが、いろいろ言っているので紹介しておこう。ただ、すでに紹介した健康法と、そんなに差異があるわけではないことをお断りしておく。

 “長命 粗食 正直 日湯 陀羅尼 時折ご下風遊ばざるべし”

まず粗食であること。

これは説明は要らないだろう。グルメばかり食べていれば、いずれ身体はボロボロになる。グルメでなくても、外食や中食で、危険な状態になっている人は多い。栄養、栄養とうるさいが、昔の人は、そんなに栄養に注意を払っていなかった。それでも、身体は強く、長生きだ。

次に、正直に働き、過ごし、無駄な気を使わないこと。

要するに、ストレスを溜めないことだ。そのためには、心に素直でなければならない。そうすれば、心が楽で、病にかかることもない。

次に、毎日、風呂に入って、心身を清潔に保つこと。

血液の活性化とともに、清潔さを保つことは、病を妨げる。

次に、信仰心を持ち、転禍為福の精神で、物事を苦にしない心がけをすること。

現象に惑わされないようにするには、強い人生観や価値観を持つ必要がある。そうすれば、判断に迷いがなく、現象でふらふらすることはない。但し、宗教は、そのための手段に過ぎないことを押さえておく必要がある。宗教に溺れるのは、現象に迷うのと同じだ。

そして、体内のガスを出すこと。屁もそうだが、胃腸を時々、空にする。

ちょっと、「下風」の意味が理解しずらいが、要するに、胃腸の中の物を出せと言うことだろう。それは屁であり、胃腸の有害物を放出せよ、ということだろう。時に、絶食をするのも、いいことだろう。

以上、これらのことをまとめて、別の表現では、次のように、まとめている。これを最後に紹介しておこう。「色うすく」は、上記の説明にないが、その必要もないだろう。

         気は長く 勤めは堅く 色うすく

                 食細くして 心広かれ

                          (天海)

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2009年7月25日 (土)

2009年、家庭菜園中間結果

どうでもいいことだけれど、流風の家庭菜園の収穫結果。まずナス。結局、食べられたのは7本どまり。後、何本かできそうだったが、虫に食われてしまった。キュウリは、先日記した4本以外に、1本追加。他は変形で、虫の餌食に。

トマトは、結局、見通し通り20個。でも、大きさはマチマチ。大きいのもあれば、比較的小さいものもある。他に4個できたが、梅雨のための収穫遅れで、駄目になってしまった。以上は、各1本ずつ苗を買ったのだが、元は十分取れている。200円程度の苗だから。

その他に、ジャガイモ収穫。剥いた皮を畑に梳き込んだものだ。但し、例年通り、1.5キロ程度しかできない。それにしても、どこかの学校で、ジャガイモ栽培して、中毒を起こしていたが、芽をちゃんと取ったのだろうか。それとも、地上に出ていたものを収穫したのかな。

ネギは順調に生育。いつもは、買ってきた根の部分を切り落として、植えるのだが、今回は種から。やはり生育の勢いが違う。気のせいか、味も違う。やっぱり、ちゃんと育てた方がいいのだろう。

カボチャは、結局、大小各1個ずつできた。食べられるかな(笑)。まあ、勝手にできたものを頂くだから、贅沢は言えない。1個は、早く収穫しすぎたかもしれない。いつ調理しようか。

里芋は、以前購入したもので、芽が出てしまったものを植えただけ。葉を少しずつ大きくしている。以前にも記したが、成果より、この葉が大好きだ。でも、芋も楽しみだ。今年は、少し手を入れて、もう少し大きい芋を期待しよう。

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2009年7月24日 (金)

頭冷やしても、足冷やすな!

頭冷やしても、足冷やすな!とは、受験生の頃、よく言われたことだ。学生の時、冬の間、足温器や電気膝かけなどを買ってもらったが、これらは眠くなるので、学習には逆効果だった。それでも、頭を冷やしても、足を冷やさないようにするため、厚手の靴下を履いたり、厚手の下着、膝かけなど工夫したものだ。

でも、これは、別に受験生だけに限ったことではない。決して身体を冷やしてはいけませんと、子供の頃、よく母親から、言われた。昼間は、短パンで、遊びまわっていたが、それは子供の体温が高いからだという。

ところが、最近の若い女性は、子供時代と身体条件は異なるのに、ファッション重視のためか、通年でショートパンで歩き、夏は、暑いから、下着のようなファッションで、余計に軽装になっている。

そういった状態で、夏場は、室内のクーラー等で身体を冷やしている。この温度差は、身体によくないことは明らかだ。若い時は、内外の温度差を解消できるとはいうものの、あまり健康にはよくないだろう。

ただ温感は個人差があり、冷房温度の調節は実際、難しく、多くの女性は悩んでいるという。クーラー病なんてものもあるらしい。昔から上に何かを羽織ったり、膝かけをして、しのいでいる風景はよく見られた。

そのようなファッション重視の動向に対して、ファッションと寒さ予防を兼ねた商品は、まだ市場は十分に提供されていないのかもしれない。そういう商品はないことはないが、まだまだのようだ。そういうと、ネットで確認しても、まだ、そのような商品は少ない。

そういうことも考慮して、モデルのniuさんが、ディレクターして、「Mt.SOX 」ブランドのデザインソックスを開発され、販売される。niuさんとは、たまたまブログで知ったのだが、多彩な能力の持ち主の女性だ。

ファッション、音楽、絵画、屋外活動等を通じての独特の感性を活かして、デザインと機能性を重視した商品開発されている。残念ながら、男物は少ないようだが、コーディネイト例を示しながら、ソックスのあり方を示している。

niuさんとは、世代も違うし、感性も異なる上、女性のファッションには、疎い流風(もちろん自分のファッションにも自信はない)なので、評価はできないが、彼女がモデルのせいか、とても似合っているように思う。

また、受験生の娘さんをもつ父親は、「頭冷やしても、足冷やすな!」と、クリスマスプレゼントにすれば、最適だろう。それで、気分的にも受験を頑張ってくれれば、なお良し(笑)。まあ、受験生に限らず、女性は、身体を冷やさないようにしてもらいたいものだ。彼女のいる、そこの君も、冷房対策や、冬の冷え対策ににプレゼントすれば、喜ばれるかも。

これじゃ、流風は、niuさんの回し者?(笑)。 いえいえ、たまたま流風の感性に引っかかっただけに、過ぎません(笑)。

*参考

なお、「Mt.SOX 」ブランドのオフィシャル・ホームページには、niuさんのブログ(http://people.zozo.jp/niumtsox/)から、アクセスしてください。

 

 

      

 

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2009年7月12日 (日)

家庭菜園の収穫

家庭菜園で作っているキュウリ、ナス、トマトの内、キュウリは4本ほど収穫したが、その後が、どうも不調。花は咲くが、実がならない。ちょっと、諦めの心境。それでも、酢もみしたものや、もろきゅうにしたり、ピリ辛漬けにしたり、サラダに使ったりして、それなりに楽しんだ。

そして、今、ナスを収穫している。8本ほど収穫したが、1本は、不良なので、実質7本。後、何本かできるかもしれない。こちらは、予想以上の出来だ。しばらくは、ナス料理だ。焼く、煮る、炒める、蒸すをすべてやつてみよう(笑)。久しぶりに、ナス田楽もつくってみようか。

トマトは、20個ほど実をつけており、その内、4個ほど収穫したが、2個は虫食いのため、破棄。菜園に戻した。ネットなどを見ると、虫食いの野菜は安全だとして、トマトの虫食いも調理して、食べられる方もいるようだが、あまりよくないのではないか。

葉物は、虫が食べた跡を除去して、調理してもいいと思うが、トマトのように、実の状態のものの虫食いは、食べてはいけないと、母がよく言っていた。その根拠は、知らないのだが、何かあるのだろう。母のことだから、どこかで調べて言っていたと思う。

いずれにしろ、いつもは湯剥きしているが、農薬不使用なので、皮ごと食べられる。サラダや、サンドウィッチの材料として使用。今後、収穫した分はどうしよう。洋風肉じゃがに利用しようか。意外と、トマト料理は思いつかない。料理本にも、あまりトマト料理は紹介されていない。付け合わせにすることが多いからだろうか。

おまけとしては、今、ナンキンができつつある。これは作ろうとして、作っているのではない。昨年、調理した後の種を、畑に捨てたら、今年、勝手に成長してるものだ。これは毎年のことだ。昨年の秋も、できたが、あまりにも、まずかったので、大半は、菜園に戻した。

今年は、人口受粉でなくて、自然受粉なので、いいものができるだろうか。それに、季節が夏のためか、物凄い勢いで、狭い菜園内を、フルスピードで、繁茂している。かすかな期待をしている(笑)。

それに、梅雨の雨に誘われて、里芋の芽が一斉に出てきた。里芋、毎年、作ることは作るが、小さいものしかできない。これは、収穫もいいが、葉が勢いよく成長する姿が大好きだ。そういうことで、毎年、懲りずに作っている。今年は、少し手を入れてみようか。

まあ、あれやこれやと、しばらく収穫物を楽しむとしよう。

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2009年6月29日 (月)

刈り上げは、やはりいい

流風は、月1回、理容店に行く。そこで、いつも刈り上げにしてもらう。年齢的には、可笑しいのでは、よく指摘されるが、刈り上げ指定。それも年中だ。暑くなる夏の期間だけ、短くしたり、刈り上げにする人は多いが、流風は通年だ。

この短い髪の毛で通しているのは、子供時代の、父の方針が影響している。小さい子供時代は丸刈りだった。少しでも、伸びようものなら、母にすぐ行かせて切って来いと言っていた。もちろん、父も散髪好きで、2週間か20日間隔で、理容店に行っていた。晩年は、ほとんど髪の毛は薄くなり、無くなっていたのに、どこを刈っていたのだろうか。

だから、流風家では、長髪は絶対あり得ない。しかし、子供の頃の丸坊主は、夏の間は、いいのだが、冬に床に入ると、頭がスースーして、冷たかった。だから、布団をかぶって、よく寝たものだ。それでも、父は髪を伸ばすことを許さなかった。子供は頭を洗っても、冬場は、髪の毛から風邪をひくと言って聞かなかった。

そういうことで、それが習慣になり、ずっと短い髪だ。先日も散髪に行って、刈り上げにしてもらった。ああ、気持ちがいい。それに二次効果もある。先日、散髪帰りに電車に乗って、少し居眠りをしていると、誰かが頭をなでなでしている。うむ!

起き上がると、隣の男の子の赤ん坊だった。おいおい、そんなにいじらんでくれ。気持ちがいいのかな。お母さんは、居眠り中のようで、起こすわけにもいかず、困ったもんだ。途中で、そのお母さんが気付かれ、恐縮されていたが、小さな子供は何でも触りたがる。まあ、短い髪の毛だから、大勢に影響なし。これも刈り上げ効果?

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2009年6月21日 (日)

鶏肉とほうれん草炒め

今日は雨かなと思ったが、意外と晴れ。晴れ男も、こうも暑い日が続くと、さすがに少し参る。明日から、天気が崩れるらしい。まあ、それもいいか。

さて、夕食は何にしようかと思ったが、先日作った親子どんぶり用の鶏肉が余っていたので、ほうれん草と炒めてみた。これは15年ほど前に買った料理本にあるレジメで、気に入って、よく作っている料理だ。簡単だし。手順は次の通りだ。

まず、鶏肉は、適当に切って、酒、醤油をまぶして、なじませる。

次に、卵に塩、胡椒を少し振りかけて、よく混ぜる。フライパンを熱して、油を入れ、スクランブルエッグにする。一旦皿に取り出す。

フライパンに油をたして、鶏肉を炒め、肉の色が変わったら、予め茹でておいた、ほうれん草の短く切ったものを加えて、さらに炒める。

そして卵を戻し、オイスターソースと酒を加えて、手早く混ぜて、出来上がり。簡単にできて、栄養バランスもいいという。中華スープなどあればなおよし。

ほうれん草は、以前茹でて冷凍していた物を使用。全く問題はない。本日も、満足、満足。

それにしても、この料理本は、もうボロボロ。捨てるわけにもいかないし、修復をどのようにしようか、思案中。

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2009年6月20日 (土)

料理の選択に迷う

自炊するようになって、それなりの時が過ぎたが、料理の選択はなかなか難しいものがある。意識しなければ、どうしても好きな料理に偏るし、それは避けたい。そうかと言って、そんなに豊かな料理の知識があるわけでもない。今更ながら、主婦の苦しみをやっと理解した段階だ。

最近は、多少諦めの境地に入ってきて、いろんな料理本から、まず1冊を選択し、ぱっと開けたところの料理を作ったりもしている(笑)。但し、材料がそろわない時は、適当に材料を変えたり、減らしたりしている。

しかし、それでも、似たような料理になることもある。その場合は、もう一度選択し直したりしている。まあ、随分といい加減なものだ。それに、素材として、家庭菜園の収穫もある。トマト、キュウリ、ネギ、茄子をどのように使うか。これから収穫できるので、本当に悩ましい(笑)。何といっても、一度にどさっとできるじゃないですか。

それに、夏場は、冷蔵庫に入れるにしても、日持ちしにくい。冷凍という手もあるが、できるだけ避けたい。となると、一日料理ということになる。だから余計に大変だ。結局、似たような料理ばかりになるんだろうな。こうなってくると、家庭菜園も善し悪しだ。

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2009年6月19日 (金)

白菜と豚肉料理

今年の6月は大変暑い。梅雨とは思えない。いつもは梅雨で蒸し暑いのだが、今は真夏の暑さだ。蒸し暑いのも嫌だが、あまり暑いのも困ったものだ。食欲にも影響する。冷たい飲み物は避けてはいるものの、水分の補給は必要だから、ちょっとお腹がだぶついている(笑)。

そこで、料理はどうしても簡単なメニューになる。まあ、いつも、料理は作ると言っても、簡単な物ばかりだが。本日は、暑い季節によく作る、白菜と豚肉の料理を紹介しておこう。白菜料理は煮炊きすると、どうしても熱くなった分食べにくい。そこで、白菜は生のまま食べる。手順は、次のようにしている。

まあ、白菜の方は、細かく切るだけだ。芯の方は特に細く。葉の部分は適当。それを生のまま皿に盛る。

次に、豚肉は、同様に刻んで、いつものように、酒と醤油と片栗粉少々を混ぜたものに、絡めて、しばらく置いておく。

また、ネギがあれば、少量刻んでおく。フライパンを熱し、油を適量入れて、ネギ、豚肉を炒めて、皿の上の白菜に盛るだけ。

後は、練りからしとポン酢を入れて、混ぜ合わして、頂く。これだと、暑くても、食べられるので重宝している。豚肉の冷しゃぶも美味しいが、こちらも、割といけるので気に入っている。

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2009年6月 9日 (火)

山椒の実がなった

先日、母が植えていた山椒の木をふと見ると、2本あるうちの大きい方に、緑の実がなっていた。植えてどれくらいの年月が経つのだろうか。少なくとも、10年以上は経っているだろう。

手入れもせず、ほったらかしであった。今では、高さ1.5メートルぐらいになっている。直径は1メートル余りぐらいだろうか。生前、母は割と世話をしたようだが、「この木は雄木のようだ。全然、実がならへん」と、よくぼやいていた。

ということは、実をつけたのは、今年が初めてかもしれない。母は、それを見ずして、逝ってしまったようだ。仏前に供えるとしようか(棘のある花を供えてはならないと言うが、実は許されるだろう)。

しかし、棘がいっぱいあるから、実を取りにくい。でも、いい匂いだ。山椒の匂いもいいものだ。今までは、春に木の芽を取るぐらいだった。何とか、少しだけ取れた。全ては採りきれない。残りは、秋まで放置して、粉山椒にでもしようかな。

結局、採れた量は、50グラム程度だ。お供えするのはいいとして、その後、どうしよう。やはり酒、みりん、醤油で煮詰めるぐらいしか手がないか。作ったことないけれど。

でも、実自体、どんな味がするのだろう。小粒でぴりりと辛いのだろうか。一粒、口の中に入れて、噛み砕いてみると、パーッと痺れる感じだ。悪い感じではない。なるほど、なるほど、何事も経験しないとわからない。この歳にして、初めて、山椒の青い実の味を知る。

*追記

成果というものは、自分がいる時に、出るとは限らない。企業でも、種蒔きして、いろいろ世話して、芽は出たが、成果が出なかったものが、自分が他部署に異動して、成果が出ることも多い。後任者は、成果を単に喜ぶだけでなくて、その背景を知ることは大切かもしれない。

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2009年5月26日 (火)

最近の食品の賞味期限

乳製品とか、卵は、比較的よく買う方だ。その中で、以前は、牛乳は毛嫌いしていたが、料理に使うため、最近は購入が少し増えた。牛乳も、ヨーグルトも、直接、飲んだり食べたりするものと思っていたが、料理に使うと、まろやかな味になることが分かったのだ。

ところで、この牛乳にしろ、ヨーグルトにしろ、そして卵の賞味期限が、どうも短くなっているような気がする。以前は、冬と夏で、賞味期限が違い、夏場は短く、冬場は、比較的長かった。だが、現在は、賞味期限が、どの季節も更に以前より一週間ほど短くなっていると思う。

他の食品でも、パン類は、そのようだ。保存添加物が減って、そのようになっているのなら、いいのだが、果たしてそうなのだろうか。パン類はともかく、乳製品や卵は、短くなった賞味期限であれば、ケースの入り基本個数を減らしてほしい。

もちろん、賞味期限と消費期限とは異なるから、賞味期限が過ぎれば、それなりの加工をすればいいのはわかる。それでも、現在の半分ぐらいの量にしてもらった方が望ましいと思う。果たして、製造メーカーは、どのように考えているのだろうか。

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2009年5月24日 (日)

鯖の味噌煮は、やはり美味しい

鯖が比較的安かったので、今日は鯖料理にすることにした。今回の鯖は、千葉産。季節により、長崎産だったり、新潟産だったりする。一目見て、これは新鮮そうだったので購入。ただ、鯖は足が早いので、即調理。

さて、どんな料理をしようかと思ったが、結局、鯖の味噌煮。簡単で美味しいからね。今回は、レジメを変えて、少しやり方を変えてみた。味噌は白系を使い、しょうが、酒、みりんを入れ、更に隠し味に砂糖を少々入れて、熱して、鯖を入れるだけだ。いつもは砂糖は加えないのだが、少し入れてみた。

更に、今回は、白ネギと豆腐も加えた。ネギの甘みも加わり、どれだけ甘くなるだろうかと、少し心配だったが、まろやかな味だ。豆腐が、それを吸収している。副菜には、茹で筍をバターで炒めて、鰹節を加えたもの。それに、いつも食べる、干しシイタケの甘煮。

本日も満腹。食べ過ぎた(笑)。

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2009年5月23日 (土)

インフルエンザ対策と口腔管理

季節外れのインフルエンザが蔓延しているようだが、国全体の対応は、国の危機感はわかるのだが、まるでインフルエンザ・ノイローゼだ。人間は、基本的にウィルスを持っているし、我々を取り巻く環境で、完全に清潔な環境はあり得ない。だから、ウィルスを除去する発想より、ウイルスとともにあるという考え方が望まれる。

だから、過度の薬の服用は、あまり望ましくない。本来、人間が持っている免疫力に任せるべきなのだ。薬が必要な人は、病気のため体力が弱っている人とか、子供たちだけなのだ。そうしないと、ウイルスは、薬耐性で、現在より、更に強いウィルスを生み、更に私たちを困らせる結果になりかねない。

そう考えれば、インフルエンザへの基本的な対応方法は、ある程度、決まっている。それは基本生活の見直しだ。もちろん、ある程度の予防措置は否定しない。何度も記したが、もう一度、整理しておく。

一、出来るだけ、繁華街などへの外出を控える。

出かけるなと言う意味ではなくて、人のごみの中に出かけないこと。また多くの人と閉じられた空間に長くいないこと。伝染するのは、むしろ人の集まる室内空間であろう。

一、口の中が乾燥しないようにする。高齢者は、マスクをして、口内の乾燥を防ぐ。

インフルエンザは、乾燥を好む。

一、出かける場合は、出来るだけマスクをする。

外部からの細菌を防ぐ意味と、口の乾燥を防ぐ効果がある。但し、過剰な期待はできない。

一、帰宅後は、手洗い、顔洗い、うがいを励行する。

いわゆる口からの細菌の侵入を防ぐため。これは普段から励行しておれば問題ない。

一、身体を清潔に保つ。外部と接触する頭部などは、シャンプーで取り除く。

身体全体の細菌の除去。これも普段から励行しておれば問題がない。

一、室内の温度は20度以上に保つ。

インフルエンザは熱に弱い。

一、室内の湿度は、50%~60%を保つ。

インフルエンザは、低湿度に強く、高湿度に弱い。

一、規則正しい生活をする。睡眠は十分とって、疲労を残さない。

基礎体力の維持は、最近の入り込む余地を縮める。これも普段からの生活が大切ということ。

一、十分な栄養の摂取を心がける。

上記と同様の理由。

一、太陽によくあたること。紫外線が消毒してくれる。

室内にこもるより、適切な太陽の下で過ごせば、除菌につながる。あらゆる薬剤を使うより有効とのこと。女性は、日焼けを意識しすぎて、屋内にこもれば、それは却って逆効果。

等が指摘されてる。

これ以外にも、歯科医からは、口腔管理の大切さを指摘されている。というのは、口腔管理を適切にすれば、発熱、肺炎、インフルエンザの発症率が下がるそうだ。よく病は口からと言われる。口からは、いろんなものが入る。

だから、口腔を清潔に保つことは、病をある程度、防げることになる。歯磨きは、何も歯のためだけではなかろう。以前のブログでも記したように、定期検診して、口の中の健康管理をすれば、いろんな病を防げるのではないか。

別に流風は歯科医の廻し者ではないが(笑)、6月4日からは、「歯の衛生週間」。今一度、口腔管理も含めて、もう一度、基本生活の見直しをしたいものだ。

*追記

こういう時期だから、歯科医での定期検診を止めている人も多いと聞く。しかし、歯科は大体、予約制になっており、他の患者と接する機会は低い。あまり神経質になる必要はないと思う。

*追記

人によっては、うがいは意味がないという人もいる。うがいに殺菌効果はないというのである。ウィルスは鼻腔から入るからという理由であるとする。しかし、鼻腔を清潔にするのもいいが、それは逆効果と言う人もいる。こうなってくると、一般人には、何が何だかわからなくなる。

だが、経験的には、うがいは大切と思う。但し、うがいだけではだめで、手洗い、顔洗いして、初めて有効であろう。よって、普段からの生活習慣は大切だが、あまり神経質になりすぎるのもよくないだろう。

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2009年5月20日 (水)

風邪の記憶

今、豚インフルエンザの流行で、神戸は大変だ。不要不急のお出かけを止めよという。まるで、戒厳令だ。ただ、休校になった学生は、街に繰り出している。おいおい、趣旨と違うでしょ。危機感をあおり過ぎるのも、どうかと思うが、危機感がないのも困ったことだ。そうことを考えていると、昔のことを思い出した。

子供の頃、流風はよく熱を出して、母が騒いでまわっていたらしい。どこの母親も同じことだろう。当時は、往診というものがあって(今でも、あるのだろうが)、小さい子供の頃は、そのようにして診てもらっていた。病院に行けば、却って病気をうつされる心配があったのだろう。

近所に電話を借りに行って、いろいろ手配していたようだ。しばらくして、医師と看護師がやってきて、注射やらして、注意事項を示して、薬をもらっていたようだ。大体、小さい子供は、よく熱を出すものだ。それで騒ぎまわるものだから、近所の人は、笑っていた。「そんなに過保護にすれば、弱い子供になるよ」と。

母の状況は、今の若い母親と同様、姑と同居していなかったので、そういう緊急事態への対応能力が問題があったのだろう。そのようにして、一応、小学校に通うようになると、風邪をひいて、よく熱を出した。そうすると、母は、よく心配していた。しかし、近所の人は、よく言っていた。「親が心配し過ぎると、子供は治る病気も治らない」と。

学年が上に上がるにつれて、そういうこともだんだんなくなり、熱を出しても、いずれひくということがわかったらしく、母はあまり騒がないようになった。そうすると、近所の人が、「前にも言ったでしょ。子供が、段々体がしっかりしてくるので、心配いらない」と。

社会人になって、独立すると、病気になっても、誰も看護してくれない。風邪は時々ひいて、高熱を出すこともあった。でも、会社を休むのが嫌で、無理をして出勤していた。風邪のウィルスをまき散らしていたかもしれない。上司が見かねて、早退を促した場合は、それに従ったが、翌日、休むことはなかった。

そして、風邪をひいて、熱を出すのは、土曜日が多かった。当時は、週休二日制でないので、土曜日に家に帰ってから、体調の変調が来ることが多かった。緊張が解けて、風邪をひくのだと、先輩から教えられた。それ以後も、同様で、会社を辞めるまで、無遅刻・無欠勤だと思う。

但し、ここには、裏がある。入社して、何年目かに、月曜日の朝になっても、熱が下がらず、足の節々は痛み、身動きすることが難しかった時がある。今で言う、インフルエンザだったのかもしれない。それで止む無く、休みを届けて、休んだ。だが、会社に行くと、有給扱いにしてくれて、欠勤とはならなかったのだ。当時は、有給なんて、取れる時代ではなかったので、これは有難かった。これで、無欠勤。早退なども、そういう処理をしてくれていた。

もう一つの記憶は、仕事を通じて知り合いになった、あるお爺さんは、風邪などひいたことがないと常々仰っていた。当時、すでに70歳を超えられていたと思う。理由を聞くと、風邪は、まず胃腸にくる。ということは、胃腸が強ければ、風邪はひかないということになる。胃腸を強くして、胃腸に負担がかかることをしなければ、風邪なんて、絶対ひかないと断言されていた。

当時は、そんなものかなと思っていたが、納得できる面もある。胃腸に負担がかかるのは、暴飲暴食もそうだろうが、過度なストレスもそうだろう。心身共に、健全な状態に保つことが、風邪やインフルエンザに打つ勝つ方法かもしれない、とふと思った。そうなると、過剰なインフルエンザ報道も、あまり良くないのかもしれない。あらゆる病は、脳から指令されるのかもしれない。

*追記

兵庫県下では、マスクが薬局からなくなる騒動に発展している。我々日本人は、本当にマスコミに影響されやすい人種だなと思う。確かに、顧客に接する人々がマスクをするのは止むをえないかもしれない。しかし、一般人とっては、マスクがすべてではない。

日頃の健康管理が大切なわけで、マスクがすべてを解消してくれるわけでもない。それに医療関係者は、マスクは使い捨てが望ましいと言うことが、混乱に拍車をかけている。もちろん、それがいいのはわかるが、こういう騒動を引き起こす可能性について、十分配慮した上で発言すべきだろう。

どうしてもマスクが入手できなければ、煮沸消毒という手もある。子供時代、マスクは使い捨てではなかったから、母は煮沸消毒していた。せいぜい、口と鼻にあてるガーゼだけを時々交換していたくらいだ。

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2009年5月16日 (土)

高校生、新インフルエンザ発症で、神戸まつり中止

神戸市内の高校生が、新インフルエンザにかかり、神戸まつりは中止された。明日はパレードの予定であったが、残念ながら、もちろん中止だ。外国からの帰国者でないことから、この病気が一般に流行る可能性が出てきた。

ただ、早期治療すれば、回復する可能性は高いので、冷静な対応が求められる。結局、人の多い所には、外出を控えることが大切だろう。外出する場合は、マスクの着用が勧められる。帰宅時には、消毒液による手洗い、顔洗い、うがいの励行と、清潔な状態を保つことが望ましい。そして、十分な休養と睡眠。

まず高熱などの症状が出れば、各地区の健康福祉事務所にまず相談し、感染を防ぐため、病院には直接行ってははならないとのこと。また政令市の場合は、各保険所に相談する(兵庫県下では、神戸市、姫路市、尼崎市、西宮市)。相談は、休日も含めて、24時間対応だそうだ。

神戸まつり中止は残念だが、致し方あるまい。今年は行くかどうか迷っていたので、流風にとっては、止めるいいきっかけになった。来年に期待しよう。それとも、落ち着いたら、年内に、またやるのかな。

*追記

もう一つの注意点は、室内の湿度を低くしないことだ。湿度は、出来れば、50~60%程度に保ちたい。商業施設によっては、異常に湿度が低い所があるので、要注意だ。

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2009年5月11日 (月)

置き薬の記憶

現在、医薬品の通信販売を許可するかどうかで揉めているようだが、流風の場合は、大衆薬は、常置しており、わざわざネットで買う必要は感じられない。病気になった時は、医師の処方箋で、薬局でもらうわけだから、ほとんど問題はない。

大体にして、日本人は薬を飲み過ぎだろう。それをサプリメントも含めれば、膨大な量の薬等を服用していることになる。もちろん、漢方薬のようなものは、体質改善のために有効かもしれないが、それさえ、医師や薬剤師の指導に基づいて、服用することが望ましい。サプリメントもそうだ。

そうだとすれば、僻地とか医療体制が十分でないところを除けば、ネットで薬を入手できるようにする必要はほとんどないと言える。大衆薬のようなものは、街に出たときに、購入すれば済む話ではないか。事前に用意しておけば、済む話だ。

これで思い出すのが、置き薬だ。子供の頃、富山から行商で、薬売りが来ていた。一か月に一度ぐらいのペースだったと思う。そして、薬箱を改め、減っていた分を支払う仕組みだった。大体、胃腸薬とか風邪薬が多く、後は湿布薬や包帯などを利用していたようだ。紙風船を景品によく貰っていた。

こう考えれば、医療体制の不十分な地域には、現在でもビジネスチャンスはあるだろう。問題は、そういう労をとれるかどうかだ。人の嫌がる仕事に、本来、ビジネスチャンスはあるのだが。しかしながら、現在は、当時と違って、田舎といえども、医薬品の入手は困難ではない。やはり事前の準備が大切ということであろう。

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2009年5月 8日 (金)

今日の料理はポトフだ!

主婦の方は、いろいろ料理のメニューで大変だろうな。流風なんて、せいぜい作る料理は、皆、手抜きだが、本日は、残り物の野菜と冷蔵庫の中身の整理を兼ねて、ポトフとしよう。ポトフは簡単だし、その割においしい。若い時から、ちょくちょく作っている。

ご存じない方に、一応作り方を記すと、まず材料は、適当だ。たいていの家庭にあるもので十分だ。例えば、ジャガイモ、玉ねぎ、人参。まるでカレーの材料です。違うのは、カブ(なければ大根で代用)を入れ、セロリやネギとかがあれば、加えることくらい。肉は、何でもよく、残り物の肉でよい。

作り方は、出汁(あるいはコンソメを使ってもよいと思う)を用意する。それに肉や一口大に切った野菜を入れて、塩と胡椒少々で味つけてして煮るだけ。後は、灰汁を取りながら、柔らかくなるまで煮込む。

出来上がりは、汁も一緒に頂く。とても美味しい。さあ、今日も、うまくできるかな。実は、この料理は、健康的な料理としては推奨されているらしい。調理が簡単で、健康にいいとなっては、一石二鳥。これで、野菜は、ほとんどなくなり、明日は野菜をどっさり買い込む予定だ(笑)。

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2009年5月 6日 (水)

豚インフルエンザへの対応を見る

豚インフルエンザで、世間は騒がしいが、こんなに暑い日本で、インフルエンザは流行るのだろうか(*注)。確かにインフルエンザは怖いが、もう少し冷静に対応した方がいいのではないか。

日頃の基本的な生活態度が大切だろう。つまり規則正しい生活、十分な睡眠、外出から帰ってきたら、手洗い、顔洗い、うがいの励行。子供、高齢者のマスク着用。それだけをきちんと守るだけで、病気はある程度防げる。

ただ、今のように国際大交流時代には、海外から病は持ち込まれる。そういう意味では、防疫体制の確立は大切だ。単に海外旅行者が増えて喜ぶだけではいけない。結局、あまり、海外や人の多い所には出かけない方がいいのだろうか。

それにしても、牛肉のBSEの問題といい、鳥インフルエンザにしても、そして、今回の豚インフルエンザにしても、結局、人間が作り出した病のように感じられる。確かに、昔は認識されなかったものが、最近は、改めて病気と認識されているとも考えられるが、遺伝子操作とか、そういう人為的な生命加工が、新たな病を生み出している可能性もあるし、不適切な飼料が、動物の病を生んでいる可能性もある。

やはり、生命学・生物学的に無理な食物は危険を伴うということかもしれない。最近注目されている工場での野菜生産も、将来は問題を起こすかもしれない。人口と食糧調達というバランスが崩れかかっている地球において、我々に課された課題は大きい。

もしそうだとすれば、国や世界機関の対応は、極めて場当たり的であり、騒ぎ過ぎと言えるだろう。もっと根本的なことを話し合う必要性を感じる。

*注

インフルエンザが、温暖化対応しているという報道もある。ただ、事実関係は不明だ。新しい病に対して、病名がついていないだけかもしれない。単にインフルエンザとと似ているだけかもしれない。いずれにしろ、予防と抵抗力のある体づくりは必要だ。

*注

2009年5月3日に記したものを加筆訂正した記事です。

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2009年5月 4日 (月)

食品事故と告知ネット

最近は、食品事故の報道はあまりされませんが、新聞などを見ると、時々、告知の記事が載っている。毎日とは言わないが、食品事故は起こっているようだ。しかしながら、事故米のような大きな事件性を帯びたもの以外は、あまり大きく報道されないので、消費者は、見過ごすことが多いようだ。

しかしながら、事業者を監視するのは、何も行政だけではないだろう。消費者も、日頃から、強く関心を持つ必要がある。実際、事故告知ネットでも、それは公開されているのだから(*注)、それを毎日チェックするだけでも、事業者の監視になるはずだ。

すなわち、消費者にとって、事故を起こした企業名はインプットされるから、仮に一つの製品でも事故を起こせば、イメージダウンだ。企業としても、自制が働く。もちろん、明らかになっていない事故品も多いだろう。内々で処理されているものもあるかもしれない。

そう考えれば、事故品を出したからと言って、単純に、その企業だけを非難することはできないと考えるようになるかもしれない。もちろん、事故品は出さないのがベストだが、そのためには管理コストを負担しなければならない。

情報をオープンにしているところは、次善的に評価できる。闇で処理している企業こそ非難されるべきなのだ。だから、食品事故は、もっとオープンにされるべきであろう。むしろ、その事後処理が、企業に問われる課題であろう。同じ事故を再度起こせば、その企業の品質管理能力が問われることになる。そして、信頼を失うことになる。

いずれにせよ、企業は、この告知ネットをもっと利用すべきだろうし、消費者も強く関心を持ち続けることが、よりよい製品を生み出すと思う。

*注  ネットで下記のように公開されている。   

     『食品事故情報告知ネット』  http://www.shokusan-kokuchi.jp/

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2009年4月21日 (火)

料理はやっぱり道具かな

弘法は筆を選ばず、なんて言うけれど、凡人の料理には、やはり適切な道具は必要だ。亡き母のように、道具ばかり、買っていても、料理は上手にならない人もいるにはいるが、道具で、その出来具合が違うということを度々経験させられた。

とは言っても、流風が買う調理器具は、スーパーなどで売っている安物が多い。その結果、今までフライパンや卵焼き器で、どれくらい失敗したことか。安物は、何年も使えない。結局、買い直して、安物買いの銭失い、ということになっていた。

しかし、高い物が優れているかと言うと、必ずしもそうでないことも事実だ。かつて高級輸入品の調理器具を頂いたことがあるが、使い勝手も悪いし、おいしい料理もできなかった。当時の料理の腕前を差し引いても、問題は多い。日本の料理には向いていないのだろう。

また高名なデザイナーによってデザインされた調理器具も、器具としては、イマイチな物が多い。確かに、一見便利そうにデザインされているのだが、使う側の立場に立っていないことが多い。また限られた予算の中で作るのか、デザインに重きが置かれて、器具として、しっかりしていないものも散見される。

そこで、今回は、お気に入りの器具の紹介をしておこう。このブログでは、基本的に商品の紹介はしないのだが、ブログ5年目突入を記念して(笑)、挙げておく。それは、数年前から使っているフライパンで、リバーライトのナノセラファインだ。セラミックをナノサイズまで細かくして、コーティングしたものだ。

他社で樹脂コーティングしたものが安く売られているが、それほど長持ちしないのに、これは長持ちしそうである。流風のように荒っぽく使っても、数年は経っているので、十分元は取れている(笑)。大きさは、20センチ、24センチ、26センチタイプがあるが、流風は20センチタイプを持っている。価格はそれぞれ1万円内におさまる。

このフライパンは、少ない熱量で、油も少なくて済み、料理もおいしく仕上がる。ある意味、省エネなのだ。どんな料理も、これさえあれば、一応何とかなる優れ物だ。今まで使ったフライパンで一番いい。また鉄のフライパンは、最初使う時に、焼きを入れたり大変だが、それも不要で、さっと洗っていきなりつかえるのもいい。

このフライパンに出会って、どれくらい料理が楽でおいしく味わえるようになったことか。お好み焼きやホットケーキはふっくら仕上がり、最初はびっくりしたものだ。料理は、やはり素材と道具だ。最近、道具の選定は、つくづく大事だと感じている。モノづくりしている人からすれば、当り前なのだろうが。

*追記

欠点と言えば、金属ヘラは傷つける恐れがあるため、使えないことだ。木のヘラか、やわらかいフライ返しが必要になる。また調理が終わったら、すぐ洗うことが求められることだが、簡単に洗い流せるので、そんなに手間は要らない。

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2009年4月15日 (水)

歯の健康診断の重要性

今更、健康診断が重要だ言っても、それは当り前と言われるかもしれない。ところが、案外軽視されているのが現状だと思う。確かに、会社勤めしておれば、会社側から執り行う定期的な健康診断がなされるので、一応、それで安心かなとも思えるかもしれない。

しかしながら、企業で受診する健康診断には限界があるだろう。大量診断、大量診察には、自ずと、病気の発見にも、たくさんの穴がある。やはり健康診断は、各個人が、それぞれに受診する必要があると思う。このことは以前にも述べた。

また健康診断と言えば、一般に内科での受診が多いと思うが、それだけでは足りないと思う。具体的には、

 一、一般的総合的診断として、内科医(あるいは、年齢によっては、循環器科)で受診

 二、歯の健康診断のための、歯科医

 三、各個人が問題を抱えている専門医

大体、上記の健康診断を定期的に受診することが望まれる。若い時は、健康だから、そういうことへの配慮が欠けがちだが、若い時から習慣づけてほしい。

そして、二、に挙げた歯科医での定期健診だが、これは本当に重要な意味を持つ。よく「医食同源」と言われるが、すべての食は、健康と関連している。そして、食べ物を入れるのは口からだ。よって、口内の健康管理は大変重要な意味を持つ。

ところが、案外、健康管理面において、歯の管理は見過ごされている。虫歯などになれば、止む無く、医者に通うが、治療が終われば、それで終わりという人も多い。もちろん、治療に時間がかかるということもある。仕事中に抜け出すのも、他の医療と違い、なかなか難しい。

そういうこともあって、軽視されるのだろう。だが、歯の健康管理は大切だ。母は、医者嫌いで、歯の健康診断を怠り、それで命を落とした。虫歯も、いったん痛みが取れれば、それで終わりということはない。定期検診しないと、隠れ虫歯を発見できないし、歯槽膿漏の防止もできない。それに歯の健康だけでなく、すべての病理は、歯に潜んでいると言えないこともない。

若い時は、年に一回、40歳を超えれば、年二回、50歳を超えれば、年四回以上、歯の健康診断を受診したいものだ。そうすれば、健康的な長生きも可能と言われる。大体、長寿の人たちは、自分の歯を維持していることからも確かだ。歯の健康診断を習慣づけたいものだ。

*注

よく日常的な歯磨きを十分すれば、いいではないかという人がいるが、歯磨きだけでは限界がある。専門家による診断によるのが望ましい。

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2009年2月19日 (木)

風邪は万病の元

暑くなったり、寒くなったりで、体調の維持が難しい。花粉症なのか、風邪なのか、わからないが、時々、くしゃみが出る。熱はないようだが、安心は出来ない。風呂に入るのは控えようか。また風邪薬を飲んでいいものか、判断に苦しむ。風邪でないのに、風邪薬を飲めば、それは身体にいいことはなかろう。う~ん、判断が難しい。

若い頃は、風邪をひいても、熱い飲み物を飲んで、一晩寝れば、治ったが、最近は、なかなかしぶとい。それに花粉症が加わって、ややこしい。そうかといって、医者に行くのも、憚られる。大体、医者に行けば、周囲は病人だらけ。かえって、うつされそうな気もする。

まあ、だいたい、熱が出ない限り、医者には行かないようにしているが、それでも、長引けば、行かざるを得ない。医者に行くタイミングは、他の病気と同様、判断に迷う所だ。そうかといって、父のように医者嫌いでは、手遅れになる可能性もある。

父も、若い時は、調子が悪いと、すぐ医者にかかっていたのに、高齢になるに従って、嫌がるようになった。悪い予感がして、それが当たるのが嫌だったのかもしれない。老齢になると、そのような考えになるのであろうか。

でも、風邪は万病の元と言われる。本来、風邪という病気はないそうだが、それは医学上のことであって、風邪という定義は、確かに曖昧だが、そういう分野の病はありそうな気がする。つまり、それは心身の疲れから来る病と捉えられる。

よくあることだが、緊張感ある仕事をしている間は、風邪をひかないのに、仕事が終わって、ホッとした瞬間、風邪をひくことがある。結局、これは疲労を蓄積しないようにして、病気に対する耐性を強くしつつ、過度な緊張と弛緩をしないようにすることが求められているのかもしれない。

しかし、現代人は、なかなかそれが許される状況にない。結局、風邪だなと気づいたら、早めに対策を取って、休養を取るべきなのだろう。そして、風邪をひいて熱を出したなら、無理をせず、早めに医療機関に言った方がいいのだろう。

若い方に伝えたいことは、無理を出来るのは、20代前半までと考えておこう。その後の、若い時の無理は、結局、その後の年代になって、ボディーブローのように効いてくることを忘れてはならない。いくら頑健でも、無理はいけませんよ、アラサー、アラフォーの皆さん(笑)。

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2009年2月17日 (火)

ポテトサラダを初めて作る

ポテトサラダは好きな方だが、いつもスーパーや百貨店などで店屋物を買い、自分で作った事はなかった。何か手間がかかりそうで嫌だったのだ。しかし、1ヶ月ほど前、ふと思いつき(笑。よくあることです)、初めて、挑戦することになった。

作り方は、わからなかったが、まずジャガイモ3個の皮を取り、4等分して、水に晒して、鍋に水を入れて、それから柔らかくなるまで煮て、しゃもじでとことん潰した。店屋物は、潰し方が粗いものが多いが、きめ細かくして、塩、胡椒。

後は、人参をスライスして煮て、タマネギはみじん切りして水に晒す。それからはマヨネーズで和えるだけと思ったが、店屋物は、マヨネーズが強すぎるので、大体塩辛い。そこでヨーグルトで薄めることにした。最初は牛乳を考えたが、水分が多すぎるから、ヨーグルトに変更。

ヨーグルトは、最初はプレンヨーグルトを使用したが、今はいろんなヨーグルトで楽しんでいる。マヨネーズとの比率は、好みだろうが、ヨーグルトを入れ過ぎると、べちゃべちゃになるので、マヨネーズ大さじ1に対して、ヨーグルトは、ジャガイモの数がいいようだ。

食べてみると、売っている物より、美味しい。ただ物足りないのは、色彩。緑が足りない。きゅうりなどがいいのだろうが、季節外れ。九州産などが売られているが、この季節にはねえ。ピーマンも、季節外れ。何がいいんだろう。しばらく、冷蔵庫にあった魚肉ソーセージで誤魔化している。割といい感じ。ハムなどもいいかもしれない。

ポテトサラダには初めて挑戦したが、意外と簡単だった。長年難しいと先入観を持っていたが、それは違った。これは何でもそうなのかもしれない。やらずに難しいと考えるのが一番悪いのかもしれない。反省。

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アレルギー週間って?

2月17日から23日までは、アレルギー週間らしい。というのは、最近知った。でも、そんなありがたくない週間いるのかな。実は、アレルギーについて、国民に正しく認識してもらおうというもののようだ。

アレルギーについては、子供の頃は、喘息で苦しんだ。今はアレルギーは何もないと思っていたが、最近は、花粉症は程度の差はあれ、影響を受けている。花粉症は、植物が出す花粉の影響もあるのだろうが、食べ物がもたらすアレルギー受容体質、周辺環境、建築物から発生するホルムアルデヒド、車の排気ガス、空気汚染など、理由は様々だろう。

これらを全て潰す必要があるが、なかなか個人では限界がある。花粉症は、ある意味、社会病の一種と言えるのかもしれない。でも、諦めずに、皆が声を上げれば、少しずつ改善していくかもしれない。

それにしても、今年は花粉が多いそうだが、嫌だなあ。ティッシュやマスクは多めに用意はしなければならないのかもしれない。

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2009年2月13日 (金)

不老長寿の法

昔から、健康法として、流布しているものに、英国医師のフーカー氏による「不老長寿の法十箇条」というものがある。これは、中高年に対するアドバイスとして適切だ。流風は、残念ながら、フーカー氏について、詳しくは知らないが、その「不老長寿の法十箇条」を、自分なりの解釈を示して、紹介しておこう。

一、自分で自分が歳を取ったと思わないこと。自分で自分を年寄りにしたらお仕舞。

人間、年齢と共に、歳を感じることはあるが、体力的にはともかく、精神的に老いないことが、最終的には、身体をも老いさせない。

二、気を若く持てば、体はおのずから若やぐ。病は気から。

気持ちを若く保つことは大切だ。そのためには、同じ年齢層や、その周辺で固まらずに、若い人と接する努力が求められる。そして、若い人には、自ら働きかける行為が大切だ。

三、前途に希望をかけ、楽しみを持ち、何十年も生きる計画を立てよ。

寿命は誰にも見えない。常に、十年後、二十年後の未来を見ていると、心身共に活動することになる。仕事に引退はあっても、人生に引退はない。

四、過去は過去として葬らしめよ。つまらぬことを思い出して悔やむな。

過去を時々振り返って反省することは大切だが、あまりそれに捉われると、辛くなる。今まで生きてきたことが成功であると思い、過去を捨てる発想も大切だ。忘却は、人を時として幸せにする。人間は忘れるから生きられる。

五、何事にも腹を立てるな。笑って暮らせ。

若い時には腹を立てたことも、年齢と共に、一つの味付けとして理解できるようになる。いい歳をして、腹を立てるな。腹を立てることは、毒を排出させ、寿命を縮め、周囲にも悪影響をもたらす。すべてあるようにある。なるようになる。笑福。

六、全ての思慮を精密にすべし。頭を使うことは老い込みの最大の防止になる。

周囲に何でも任せ、本人はいい加減では呆けるだけ。常に、どうあるべきかを考える習慣が大切だ。若い人も、高齢の先輩の役割を奪うな。それなりの役割を与えよ。

七、常に新鮮な外気を吸え。

最近は、冷暖房効率を上げるため、高密閉型の住宅が多いが、一時間毎の換気は大切だ。空調だけで、換気が出来ていると考えるな。また家にこもらず、深呼吸できる空間へ出かけることも大切だ。

八、金銭の計算を忘れぬのはよいが、あまりこれに捉われすぎるな。

あまり細かい計算に捉われるなということ。節約は大切だが、それも行き過ぎれば、心を狭くする。日々の生活に困らない程度の生活設計ができておれば、それで十分ではないか。

九、食物はできるだけ淡白に、そしてその量をなるべく節せよ。

食べ物は、薄味にして、外食を控える。あるいは、そのように指定して作ってもらうこと。もちろん、腹八分目であることは言うまでもない。

十、何か打ち込める娯楽を持て。

無趣味ではなかなか辛い。だが、会社の延長のような趣味もまた辛い。自分だけが打ち込める趣味の開発が大切だ。そして、最初は仕方ないが、人や集団に頼った趣味でないことが望ましい。それは特に趣味として紹介されているものに限らないはずだ。

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2009年2月 5日 (木)

ショウガの効用

昨年末に、少しショウガを栽培してみた。葉が枯れてきたので、収穫すると、出来上がりは初めてにしては、まずまずだった。今は、土付きのまま、篭に入れて放置している。ただ、保存が難しく、どのようにすれば長持ちするのか、まだまだいろいろ試す必要はある。

それに、これは連作を嫌うので、5年程度は同じ場所で作れない。狭い家庭菜園での今後の栽培は、難しそうだ。まだ、しばらくは在庫があるので、冬の期間は、買わずに済みそうだが、いずれなくなるので、間もなく購入することになるのだろう。まあ、家庭菜園の限界だ。

出来たショウガは、今は、料理にいろいろ使っている。生姜汁を入れると、いい塩梅の料理になることが多い。一番多いのは、豚肉の生姜焼きだ。その他にもスープに使ったり、薄く切ったものを入れて、魚の臭みを取るのにも使っている。

そして、咽喉がおかしい時は、生姜汁を熱湯で溶かして、ハチミツを入れて飲むと、咽喉の痛みは一気に取れる。これはハチミツレモンより、効く。昔から言い伝えられてきた、ショウガの健康への利用は正しいようだ。今年は、風邪薬は必要がなさそうだ。

*追記

なお、ショウガをするのもいやだと言う方には、市販のショウガ飴がお薦めだ。特に『だいこんしょうがのど飴』がいいだろう。大根おろしの汁とショウガ汁を水飴で炊き込んだものだ。昔からの伝統的な作り方だが、他ののど飴より効くだろう。

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2009年1月30日 (金)

コウノトリ米を食べる

日頃から、お米は好きで、毎日食べている。かつては、10キロ、5キロ入りを買っていたが、最近は少し割高だが、2キロ入りにして、いろんな銘柄を購入している。いろいろ試すと、お米の味は様々だ。有名産地のブランド米もいいが、地元産のお米も捨て切れない。

最近は、農薬を減らしている「特別栽培米」を購入することが多い。ただ、この「特別栽培米」には、いろんな種類がある。つまり「無農薬栽培米」「無化学肥料栽培米」「減農薬栽培米」「減農薬肥料栽培米」だ。現在、購入しているのは、「減農薬栽培米」かつ「減農薬肥料栽培米」であるものだ。

つまり、購入している、この「特別栽培米」は農薬を農水省の指導の下、一定限度、農薬を減じればいいようだ。だが、意外と美味しいのも、この「特別栽培米」だ。流風は、丹波産を最近購入することが比較的多い。もちろん、他の県内産や他府県のものも時々購入しているが、「特別栽培米」は割りと味はいいだろう。

そして、今回は、豊岡の「こうのとり米」である『こうのとり物語』を購入してみた。これはコウノトリの繁殖を促すため、地元農家が、協力して、種の段階から化学農薬、化学肥料を使わずに、有機肥料でお米を作っているものだ。つまり「無農薬栽培米」かつ「無化学肥料栽培米」であると言える。別名「自然農法米」とも呼ばれている。コウノトリに優しいということは、結局、人間にも優しいと言うことだろう。

ただ、作るのに手間がかかるため、現状、購入価格が2㎏1500円かかる。これは日頃買う物と比べると、5割ほど高い。しかし、手間を考えると、その値段でも安いかもしれない。最近は、東京にも販売されているそうで、多分、いくらでも需要がありそうな気がする。そういうこともあり、最近は、耕作範囲を広げる動きもあるようだ。いずれ、全国に有機肥料のみの自然農法のお米の生産が増えていくかもしれない。

ただ、その味については、深くはわからなかった。昔の素朴な味だが、美味しいかどうかは微妙だった。流風の舌も麻痺しているのかもしれない。いろいろな「特別栽培米」のお米も、その評価は、味のレベルではなかなか判断が難しい。完全自然農法のお米を採るか、減農薬・減化学肥料の美味しい特別栽培米を採るか、迷う所だ。さてさて、今後、どうしようかな。

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2009年1月28日 (水)

牡蠣鍋に挑戦

本日は、比較的暖かい感じだ。寒いのも、それなりにいいけれど、朝は辛い時がある。今日は、早く起きることができた。寒いと眼が覚めていても、寝間の中で、ぐずぐずしているのは子供並だ(笑)。まあ、少し暖かいと言っても、それなりの寒さはあるので、食べ物は鍋物が温まる。

そういうことで、昨日は、牡蠣鍋に挑戦してみた。と言っても、鍋物だから、そんな難しいことはない。材料が揃えば、本当にできたようなものだ。牡蠣は、あまり煮込むと美味しくなくなるので、さっと煮るので、時間も少なくていい。

そして、今回、自宅で作ってみようと思ったきっかけは、外食の牡蠣鍋は、やはり味が濃いからである。確かに美味しいのだが、味が強く感じられる。もっと、あっさりした味にできないものか。そこで、牡蠣鍋に挑戦してみた。

まず、出汁は、昆布とカツオの出汁に、先日のブログで紹介した「健康野菜スープ」をブレンドし、更にお酒を加えて、味噌は少なめに入れる。味噌は総出汁量の十分の一ぐらいにした。味噌は、白甘系だ。別に白甘系でなくても、いいように思うが、結果から言うと、塩辛い味噌なら、流風は、多分砂糖を加えるかもしれない。そして煮たてる。

それに、きざんだ白ネギ、きのこ類、豆腐を入れ、再度煮立てる。火が通った段階で、牡蠣を入れる。牡蠣は今回も広島産にした。他の地区の牡蠣も試してみたが、少し物足りない感じがした。粒の大きさも広島産がちょうどいい頃合だ。煮すぎないようにした。さらに、青菜の葉っぱ部分のみを加えて、さっと煮て出来上がり。

まずスープを飲んでみたが、我ながら、絶妙の味だった。自画自賛。これなら、簡単に作れる。レパートリーの一つに追加する。最近は、牡蠣は年中食べられるが、それでも、牡蠣は冬のこの時期が美味しく感じられた。満足、満足。次ぎは、牡蠣フライでも作るか、思案中。

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2009年1月23日 (金)

内食が主流に

エンゲル係数の高い流風は、支出のほとんどが食品代に消える(笑)。最近は、健康のため、外食をほとんどしないから、内(うち)食がほとんとだ。とは言っても、中(なか)食は、ある程度、購買する。弁当は少ないが、加工品は、時々買う。

正月のお節も、今年は、大枚はたいて、比較的高級と言えるお節を買った。しかし、これは大きな失敗だった。皆、味が濃くて、健康に悪そうなものばかり。勿体無いから、ある程度は食したが、その後、体調を少し壊した。医師からも塩分の摂り過ぎではないかと警告を受ける始末だ。

年齢的に、糖分や塩分を控えるためには、来年からは、お節を購入することを止めようと思う。一般のお弁当と言われるものより、味が濃く、舌にも合わない。お節は薄味にした田舎お節の手作りが、流風には、やはり良さそうだ。簡単だし、余分な出費も抑えられる。作り手は、果たして、そのようなことに配慮しているのだろうか。

そういうことを考えていたら、世間は、景気の悪化に伴い、多くの人々は外食や中(なか)食を抑え、内食を増やしているようだ。関西は、不景気になると、食品代を削るのは伝統的なこと(東京方面は、保険代を削ると言われていたが、どうなのだろう)。

食費の節減に努めているのだろう。料理をしない人が料理をするのは望ましいことだ。内食のための料理といっても、今はレシピが溢れているし、一回目は、その通り作れば、それなりのものはできる。味は、それ以後調整すればいい。母がよく言っていたように、材料が揃えば、出来たようなものだ。

そして、その結果の副産物として、家族のコミュニケーションが深まっているらしい。サラリーマンにしたって、残業禁止だから、早く家に帰るしかないし、そうなると、家で家族一緒に食事することになる。不景気をネタに、家族の絆を強めることも大切だ。まあ、これは不景気の恩恵と言えなくもない。不景気も考え方によっては、いいことだ。

それに外食や中食は、昨年、色々な問題が発覚したし、食の安全や安心に不安があるのは、今も変わらない。それは食品偽装が、現在でも摘発されており、食品業界のいい加減さには本当にうんざりする。

そういうことが相俟って、外食産業は悲鳴を上げている。しかしながら、それは仕方ない。業界の品質管理が問われているのだ。これは一朝一夕には解決しないだろう。食品産業はもっと苦しめばいい。自業自得だ。そして、しばらく、内食が主流になるだろう。

*追記

時々、テレビで視る(いろんな子供たちが、家に電話して、夕食のメニューを聞くというもの)のだが、大阪の家庭の食生活は貧しいなあ、と思う。いかにも、出来合いの食べ物が多かったり、あまり健康に良くない食生活だと感じる。

様々な家庭で、あんな食生活をしていたら、「舌」の感性が衰えるものばかりだ。もっと、薄味の料理を子供たちに与えてもらいたいものだ。そうしないと、健康的と言われる日本食文化が維持できないと思う。

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2009年1月14日 (水)

健康野菜スープを作る

最近は、野菜飲料や青汁がよく売られている。確かに、健康にいいのだろうが、少しもったいない感じもする。そこで、数年前から、野菜スープを作っている。それが健康にいいか医学的なことはわからないが、個人的には、有効のようだ。ということで、厚かましくも、その作り方を紹介しよう(笑)。

一、使うのは、料理で残った野菜の残りくずだ。基本的に緑黄野菜中心に残りくずを用意する。例えば、大根の葉、こかぶの葉、セロリの葉、大根の皮、人参の皮、キャベツの芯、白菜の芯。農薬が気になる方は、水の中に一定時間つけておいて、流し洗いをする。

ただ、注意としては、肉類や魚類は入れない。出汁用のかつおとか炒り子も入れない。あくまでも、野菜で作る。

二、次に、厚手の大鍋に、出汁をとるつもりで、大目の水を入れて、昆布を適量、少し洗って、漬けて置く。

三、次に、干ししいたけを適当な枚数をいしづきを取らずに、そのまま入れる。生椎茸では駄目である。

四、20分ほど経ったら、火を入れて沸かす。沸騰したら、昆布のみ取り出す。

五、次に、料理で出た野菜の残りくずを順次入れて、じっくり煮て、灰汁を取って、出来上がり。超簡単(笑)。

残りくずが揃わない場合は、野菜くずが出た段階で冷蔵庫に保管しておくのもよいが、冬の間は、野菜くずが出れば、順次追加している。夏の場合は、それは残念ながらできないので、貯めておいて、一斉に作る。

スープとして飲むことが多いが、使う材料にもよるが、癖があり、飲みにくいこともある。そこで味噌汁や煮込み料理の出汁にも使うこともある。またスープに使った柔らかく煮込まれた野菜を料理に使えないこともない。中華風に炒め料理にもよいと思うが、流風は、土に漉き込み、堆肥にしている。これで生ゴミは全くでないし、健康にも役立ち、万々歳。

薬膳スープとまでは言わないが、生活習慣病には有効かもしれないと思っている。これを飲むと、体調はいいし、健康診断の結果もよい。本当は、外食やお弁当の多い人には、お薦めと思うが、そういう人は料理はしないだろうから、作ることは難しいかもしれない。その場合は、誰かに作ってもらってください(笑)。

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2009年1月12日 (月)

食卓の魚料理が増えた

最近、魚料理をすることが増えた。以前は、週にせいぜい2回、食卓に上がっていたのは、近頃は3回以上になった。理由は、年齢的に、肉料理では、いろいろ問題が出るということもある。だが、現実的には、比較的手頃な価格で、魚が入手できることが原因だ。

昨年は、原油の高騰で、漁業者の皆さんによるストみたいなことがあったが、その原油も落ち着いていることもあるだろう。しかし、最も大きい理由は、大手のスーパーが漁港から直接買い付けることをしたからだろう。そこで以前扱っていた魚は、そんなに美味しくなく、価格も安くはなかった。だが、最近は、魚も新鮮だし、価格も手頃だ。

流風は、煮付けにしたり、蒸したり、焼いたりするが、白身魚の煮つけや蒸したものが好きだ。それには、新鮮な魚である必要があるが、そうした魚は高く、肉より高くつくことも多かった。それが、その店では安く提供してくれるようになったので、魚を購入する機会が増えたわけだ。

日本では、魚の消費量が減っていると言われるが、それはやはり価格が大きく影響していると思う。秋刀魚など背の青い魚や保存食としての加工魚などは、安いことは安いけれど、いつも、そればかりだと飽きてくる。それにどうしても、味が濃くなってしまう。塩分や砂糖を控えなければならない年齢にはちと辛いのだ。

それが白身魚の煮つけや蒸し物だと、さっぱりした味にできるので、ちょうど中高年向きと言えるのだ。このスーパーの直接買い付けには、中間業者からのいろいろな抵抗があるようだが、魚の消費を増やしたいのなら、それはおかしい。既得権益もあるだろうが、消費者にプラスになるような業界の仕組みにしてもらいたいものだ。

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2009年1月10日 (土)

小松菜料理

正直言って、小松菜はあまり好きではなかった。大体、母から教えられた方法は煮炊きすることが多かったから、揚げや天ぷらと一緒に炊くぐらいで、どうも味がワンパターンだった。

ただ、小松菜は、中高年には、健康にいいとのことで、積極的に食するのには、どうすればいいか考えていた所、先日、料理ブログや料理本で、たまたま小松菜を炒める料理が紹介されていたので、試してみた。これが意外と美味しくて、この歳で新しい発見である。

一つは、小松菜を3センチ程度に切って、ごま油で炒めて、酒、醤油、塩などで味付けし、ちりめんじゃこを散らす簡単なものだ。

もう一つも、似たようなもので、小松菜と人参と豚肉をサラダ油で炒めて、酒、醤油、塩で味付けして、すりゴマを散らす。

両方とも、そのまま食べてもいいし、混ぜ御飯の具にしてもいい。最近、料理のレパートリーがワンパターン化していたので、もう少し工夫してみようと思う。

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2008年12月26日 (金)

目黒の秋刀魚がうまくて安い?

秋刀魚は、栄養価が高いし、昔から庶民の魚だった。そのまま焼いても美味しいし、開きの秋刀魚もうまい。秋刀魚も、最近は七輪で焼くことは、さすがに難しいが、ガスレンジでも、焼ける。それに大根おろしにポン酢の醤油で、美味しく頂ける。

ところが、秋刀魚が円高になって、輸出できなくなって、業者が困っているらしい。でも消費者にとっては価格が安いことは有り難いことだ。ただ、安いと行っても、いっぺんにそんなにたくさん食するわけにもいかない。

業者の方々は、いろいろ加工して、消費者が料理しやすいようにして、食べやすい料理として、流通させることも必要だ。缶詰だけでなく、もっと多様な加工品を提案して、流通させるべきだろう。よく野菜なども、たくさん採れ過ぎて、廃棄するということも聞くが、そういうことはせずに、もっと有効活用してもらいたいものだ。

さて、秋刀魚を題材にした落語では、あの有名な『目黒の秋刀魚』がある。ある殿様(それは赤井御門守や雲州松江の松平出羽守などがよく取り扱われているが)が、江戸郊外で馬で遠乗りをしていると、元富士(現在の東京都目黒区上目黒1丁目辺り)まで行き着いた。そうすると、農家のどこからか、いい匂いがする。農家に家来と共に行くと、それは秋刀魚を焼いているのだった。

食欲がそそったので、その農家で、御飯と秋刀魚を食べ、満足して帰館するのだが、あの秋刀魚の味は忘れられない。そのことを他の大名に言いふらしていると、筑前の殿様、黒田公は、それほど美味しいのなら、同じ物を食べたいと家来に命じて、秋刀魚を料理させる。

ところが出てきた料理は、現代で言えば、どこかの高級料亭で作ったような手の込んだ料理の上、毒見をするので、冷めたものだった。しかし、まったく美味しくない。そこで、美味しい、美味しいと言っていた、かの殿様に尋ねると、その殿様は、「果たして、その秋刀魚はどこのものかな」。応えて、「家来によると、秋刀魚の本場の房州から取り寄せたとのこと」。「ああ、それは駄目だ。秋刀魚は目黒に限る」とオチ。

相変わらず、テレビのグルメ番組では、手の込んだ料理が持て囃されているが、食してみると、そんなに美味しいものではないことも多い。また洋風料理は外国人には美味しく感じても、日本人には合わないものもある。日本料理でも、高級料亭のように、器や建物の雰囲気はいいが、料理はどうも、というものもある。外食でも同様だ。

自分で調理した方が断然うまいということもある。いい素材であれば、あとは、そんなに手を入れずとも、シンプルな料理方法で、手早く調理すれば、十分満足できるのだ。日本料理は、いかに新鮮な素材を、あまり加工せずに、作り上げることが肝要だ。人間、偉くなると、かえって真に美味しい物を味わえなくなるのだろうか。庶民でよかった(笑)。

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2008年12月17日 (水)

病は気から~落語のネタと共に少々脱線気味に

病は気からと、よく言われるが、それは確かにそうかもしれない。気持ちが緊張し、ストレスがたまれば、胃腸の具合が悪くなったり、頭痛を起したりする。人間の身体は微妙で、ちょっとしたストレスで、身体がおかしくなったりする。

落語にも、『薬罐(やかん)なめ』というものがある。薬罐とは、漢方薬などを煎じるために、鉄瓶の代わりの、銅等で作った湯沸し瓶だ。鉄瓶は漢方薬を煎じるのは不適とされる。流風は耐熱土瓶を使っているけれどね。

この落語のあらすじは、あの家の内儀(商人の妻)が、癪を起した時は、薬罐をなめると治るということがあった。妙な癖だが、鰯の頭も信心からというのと、同じ類かもしれない。この内儀の癪の原因までは、落語では言及していないので不明だが、商家に慣れないのか、あるいは、よくあることだが亭主の浮気かもしれない(お内儀の年齢がわからないが、更年期障害の可能性もある。でも、ここでは、そうでないと想定しておく)。

癪は癇癪を起すの「癪」だが、胃腸に激痛が走ることをいう。流風も若い頃は、ストレスでよくあった。そして下痢になるという最悪のパターンだった。仕事に慣れると、そういうことは少なくなったが、それが完全になくなったのは会社を辞めてからだ。

さて、その内儀は、女中と共に花見に出かけたのだが、途中で、蛇に出会い、癪を起こしてしまう。しかし、出先であるので、薬罐がない。ところが、そこにたまたま老武士が部下を伴い、歩いてきた。

その頭を見ると、見事な薬罐頭。女中がその武士に事情を話して、頭を舐めさせてくれと言う。最初、その武士は怒っていたが、事情を知って、了解してくれることになる。多分、その内儀は相当美人だったのかもしれない。

内儀は薬罐に似た頭をなめると、癪はあっという間に止んでしまった。お礼を言って、別れるが、老武士は、謡を詠いながら、ご機嫌になって歩いていくが、どうも頭がひりひりするので、部下に頭を見させると、歯型がついているという。

ということで、「あの内儀は狐で、化かされたのでは」と、部下が言うと、「なるほど、狐か。そういうことで、やかん(薬罐と野干とかけている)を好んだのか」、でオチ。念のために記せば、野干とは狐のこと。

落語のオチはあらぬ方向へ行ってしまったが、癪の要因を断つには、この内儀に関しては、主人の浮気の心配であったとしたら、なかなか難しいことだ。女性は、自分の勘(*注)に頼って、目の前のことにくよくよしがちだ。旦那は商売などの別のことで悩んでいるのかもしれないのに、女性独特の考え方で疑いを持ってしまうことはよくあることだ。

男にとっては、それがかえって疎ましく、結果的に浮気に走らせてしまうことになりかねない。女性の嫉妬が、男を思わぬ方向に導いてしまった例は、たくさんある。女性の皆さん、一旦一緒になったからには、相手を信用しましょうね(笑)。嫉妬の病は気からですよ。

*注

確かに、女性の直感は鋭いが、いつも当たるわけでもない。夫婦間でも、誤解が誤解を招く例は多くある。ただ言えることは、その場合は、コミュニケーション不足がほとんどの原因だ。

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2008年12月14日 (日)

ラジオ体操とお粥の朝食

寒くなると思われた冬も、ここ数日は比較的暖かい日が続いている。しかし、温度差が激しいので、少し辛い。それに元来運動好きでない流風は、どうしても冬は運動不足になりがちだ。それを補うため、ラジオ体操を復活させた。

テレビ体操というのもあるが、あれはどうも馴染めない。やはりラジオ体操は、身体に染み付いているので、しばらくやらないでいても、音楽にすぐ反応しやりやすい。この体操を始めて、体調は頗る良い。やはり体操はラジオ体操に限る。

体調がよいのは、それだけが理由ではない。少し前から、朝食はお粥にしている。お粥の作り方はいろいろあるが、最初は残り御飯から作っていたが、昔を思い出して、お米から作っている。しかし、どうしてもなかなかいい塩梅のお粥ができないので、ついに、お粥機を購入した。炊飯器でもお粥はつくれないこともないが、イマイチ。お粥機で作ると、自分で鍋で作るのと、出来が違う。

実は、その構造が異なるのだが、ここでは敢えて記さない(笑)。お粥づくりの得意な方には当たり前なのだろうが、流風には新しい発見であった。これで毎朝作っているのだが、なかなか美味しい。作るのにお米を研いでから、1時間程度かかるので、準備してから、ラジオ体操後、食事ができるようにしている。

このお粥は、胃腸への負担を小さくしているのだろうが、朝のお粥は体調を良くしてくれる。味噌汁やおかず類は、今までと同じだから、不思議なものだ。お粥といえば、病人が食べるものと思っていたが、一般人の常食として相応しいようだ(まあ、流風の体力が落ちているのかもしれないが)。外食としても、もっと流行るかもしれない。

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2008年12月10日 (水)

今年の青森のりんごは例年より美味しい

先日、散歩していて、角の出会い頭で、女子中学生(あるいは高校生)とぶつかりそうになった。相当な勢いで彼女は走っていたので、危ないところだった。とりあえず、ぶつからずに済んだのは幸いだ。何を急いでいたのか知らないが、気をつけてほしいものだ。

彼女は、「すみません」と言いつつ、最近の子供にしては珍しく、真っ赤な顔をして走り去った。丸い顔が、赤くなっているので、少しおかしかった。まるで、りんごのようだったからだ。流風も若い頃は赤面症で苦労したが、彼女もそうなのかもしれない。

りんごで思い出すのは、子供時代から、りんごは果物の中で大好きな部類だろう。母が「この子はりんごを与えていたら、ご機嫌なんだら」と、父に言っていたのを記憶している。確かに、果物は、何でも食するが、他の果物と比較して、今も好きな果物かもしれない。

それにりんごは一日に一個食すれば、医者知らずと言われるほど、健康にいいので、毎日できるだけ食べるようにしている。そういうことで、りんごが家に常時、いろんな種類で10個ほど置いている。

ところで、今は、年中、流通しているが、今の時期が一番美味しい。今年も、そのりんごが市場に出回っているが、青森のりんごが例年より美味しい。大粒で、それでいて甘くて美味しい。価格もそんなに高くない。消費者としては、文句の言い様がない。

もちろん、長野のりんごは例年通り美味しいが、関西は流通量が少ないので、大半が青森産が中心だ。だが、これほど青森の美味しくなったのは何か理由があるのだろうか。気候のせいかもしれない。それに生産者の努力もあるのだろう。

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2008年12月 5日 (金)

大好きな焼き穴子料理

焼穴子は年中、市場に出ているが、いろんな料理に使える。穴子丼、卵とじ、穴子御飯、鍋のネタ、ちらし寿司のネタ、茶碗蒸しの具、としてなどいろいろ使える。どれも料理としては簡単で、料理初心者でもできる。

また、頭の部分は、澄まし汁の出汁にも使える。塩を少し加えて、出汁をとると、何とも言えないいい風味が出る。他のだし汁と混ぜてもいいが、そのままでもいい。後は、豆腐とネギを少々加えて出来上がりだ。

穴子丼は簡単にやる例は、適当に切って、御飯の上に乗せて、タレをかければ出来上がりだ。他には、炒めたタマネギと共に卵で閉じて、親子丼風に作っても美味しい。鍋としては、水炊きに、切った物を肉の代わりに入れてもいい。寿司ネタとしては、ちらし寿司、関西では、バラ寿司というが、その材料として、焼き穴子を入れると、味がぐんとよくなる。

母がよく作っていたのは、茶碗蒸しだ。卵、だし汁、かまぼこ、ユリネ、人参、椎茸に、焼き穴子を加えたものだが、大変美味しかった記憶がある。最近は、作っていないが、また作ってみたいと思う。

まあ、基本的に切って、並べるだけなので、便利な食材だ。最近は韓国産(穴子は韓国産で、加工は日本というのが多い)も比較的安く出回っている。焼き穴子だけ食するのであれば、日本産の方が美味しいが、料理に使うのなら、どちらでもいいと思う。

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2008年12月 3日 (水)

今年の牡蠣御飯

牡蠣が美味しい季節になってきた。牡蠣御飯、牡蠣鍋など、いろいろ美味しい料理があるが、流風は、やはり牡蠣御飯だ。昨年は、手抜きの牡蠣御飯だったので、素材の味わいは感じられ、まずいとは言えないが、格別美味しいと言えるものでもなかった。

そこで、今年は、牡蠣も、県産(兵庫県相生産)のものではなく、かつてよく食していた広島産を購入して、牡蠣御飯を作ってみた。作り方も、一応、それらしく作ってみた。やはり、一手間かけた牡蠣御飯は大変美味しかった。これだと店のものと遜色ない。満足、満足。

作り方は、昨年、いろいろな方法をネットで入手していたが、昨年は、牡蠣に味付けせずに簡易版で臨んだ結果、イマイチであった。やはり料理は手間をかけないと駄目なんだと再認識した次第。

牡蠣については、兵庫県産と広島産のどちらがよかったのか。作り方が違うので、現段階では比べられない。次回は、兵庫県産を購入して作るつもりだ。評価は、同じ土俵にしないと不平等だからね。結果は、いずれ報告するとしよう。

それにしても、料理の一手間が、その結果を大きく左右するするというが、ついつい手抜きすると、できの悪いものが出来上がる。これは結局、子供の教育でも、人材育成も同じことなんだと思う。

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2008年11月27日 (木)

暖房の設定温度はいくつ?

暖房の設定温度は、皆さん、何度ぐらいに設定されているのだろうか。以前の話では、北海道の方が異常に設定温度が高いと聞いて、違和感があった。確か、24度ぐらいに設定していると、その方は仰っていた。当時、流風は、15,6度で暖房機を入れていたと思う。

さすがに、最近では、少し上げて18度に設定している。設定していると言っても、普通の赤外線ガスストーブを使っている(ガスファンヒーターは温度設定できるが、ある理由から使っていない。注参照)ので、暖房機で温度が設定できない。

そこで、各部屋に、温湿度器を設置して、適度に、暖房を調節し、18度近辺になるようにしている。確かに、少し手間がかかるが、ストーブを全開と半開の調節で、十分対応できている。今のところ、問題はないだろう。

暖房以外に、問題があるとすれば、湿度の調整だ。冬はどうしても乾燥しがちだが、部屋によって、その程度は大きく異なる。そこで、加湿器という手もあるが、敢えて文明の器は使わずに、湿度の低い部屋には、花瓶に花を活けて、湿度調整するようにしている。

そうすると、花も楽しめて落ち着く。花や花瓶を変えると、又違った雰囲気になるし、気分転換にもいい。ただ、湿度調整は、温度調整ほど簡単ではない。結局、咽喉がいがらっぽくなったりして、ある種の信号が出れば、湿度を高める工夫をするぐらいだ。

温湿度の調整は、風邪やインフルエンザの予防にもなると思う。室外とのバランスを考えながら、室内の状態をいい状態に保ちたいものだ。

*ガスファンヒーターを使わない理由

 1.   起動に電気を使用するようだが、その電気代が高くつく。

     最近はガス-ガスのものも一部販売されているが、限られている。

 2.   ガスの特性が無視されて、温まるのに時間がかかる。

     電気のように温まるのに時間がかかるのでは、意味がない。

 3.   変な臭いがするし、普通のガスストーブに比べて、換気が大変である。

     新品で試して駄目だったし、その後、使っても同様だった。

     ガス会社は、商品開発をきちんとすべきだろう。

*追記

ちなみに、クーラーの冷房は基本的に使わないが、使う時は、28度以上の場合のみである。

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2008年11月24日 (月)

ワケギ料理の季節

ワケギがやっとスーパー等に出回ってきた。しかし、大きいスーパーは探しても置いていない。あまり売れないのかもしれない。とういうことで、今回は地域スーパーで入手。この時期はどこでも広島産だ。広島しか作っていないのだろうか。ネギの一種だから、作るのは、そんなに手間はかからないと思うのだが、売れないのかな。

そして、早速料理。まず、わけぎのぬただ。子供の頃から好きで、父から、こいつは将来、酒好きになると心配したが、そういう風にはならなかった。まあ、酒のあてにはいいのだろうけれど。料理はいたって簡単。3cmほどに切って、茹でて、絞って、酢味噌で和えるだけだ。

男でも簡単に出来る。酢味噌を作るのが大変だと言う向きには、最近は、酢味噌がチューブに入ったものや、小分けしたものが売られているから、それを和えれば、すぐ出来上がりだ。

それが勿体無いという方は、酢味噌をつくればいい。白味噌と砂糖を3対1程度の比率で混ぜ合わせ、酢1.5程度を少しずつ入れながら、のばしていけばいい。いろんな作り方があるので、いろいろ工夫してオリジナルを作るのも楽しい。

次にネットで紹介されていた、「茹蛸とワケギの御飯」を作ってみた。米に昆布と鰹の出汁と水とあわせて、通常の水の分量よりやや少なめにして、一かけの生姜のみじん切りを入れ、茹蛸を適当に切り、ワケギは2センチほどに切ったものを入れ、酒、砂糖、醤油、塩を適量入れて、炊くだけだ。

これもなかなか美味しかった。新しいレパートリーとして追加することにする。ぬたと共に簡単だからね(笑)。男の手抜き料理という料理教室というのはどこかにないものかな。オーソドックスな料理教室では、腰が引けてしまう。

更に、おかずとしては、ナスを煮たものにした。いつもは煮干の出汁で甘辛く煮るのだが、今回は、剥きエビを酒、みりん、醤油で煮て、エビを取り出し、その出し汁に昆布とカツオの出汁と醤油、砂糖を追加して、ナスに適当に出汁が染み込むように、切れ目を入れた物を入れて煮ると、美味しい、ナスの煮物になる。食べる時に、先に煮たエビを戻して、少し煮合わせしてもいい。

後は、豆腐の澄し汁を作って、大満足。ああ、美味しかった。

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2008年11月19日 (水)

食い合わせを考える

本日の朝は、本格的な冬のような感じで大変寒い。少し寝坊をしてしまった。起きようとすると非常に寒くて、しばらく寝床で待機(笑)。子供の頃、起きるのをぐずぐずしていたら、母から掛け布団を取り去られ、早く起きるように言われたものだ。

こういう時期になると、やはり温かい物が嬉しい。ホット牛乳、ホツトコーヒー、ホットココアにホツト紅茶。流風は、特に紅茶が好きで、紅茶にレモンを浮かべて、少しの砂糖を入れて飲むことが多い。

ところが、紅茶にレモンというのは食品の組み合わせとしては悪いということを聞いた。よく聞くと、いわわる防カビ剤(OPP)使用のレモンとの組み合わせが悪いそうだ。紅茶のカフェインと防カビ剤の組み合わせが、発ガンの可能性を高めるらしい。流風は国産の無農薬レモンしか使用しないので、ひとまず安心。でも喫茶店で飲む紅茶にはちょっと心配だな。今後レモン抜きとするか。

そういうと、昔から、食い合わせとか言って、古人は食事に注意してきた。ところが、最近は、あまりそういうことを聞かない。皆さん、注意されているのだろうか。

食い合わせの悪い例として有名なのは、例えば、次のようなものがあるかもしれない。

  一、鰻と梅干は食い合わせが悪い。む

  一、天ぷらとスイカは食い合わせが悪い。

その他にも、次のような物もあるらしい。知らずに組み合わせていた物もある。

  一、カキとひじきは食い合わせが悪い。

  一、蟹と柿は食い合わせが悪い。

  一、酒と辛子は食い合わせが悪い。

  一、お茶と昆布が食い合わせが悪い。

  一、ほうれん草とゆで卵は食い合わせが悪い。

その他にも、中国の古書には、食い合わせの悪い例として、次のようなものが挙げられている。

  一、牛肉と栗は食い合わせが悪い

  一、牛肉の肝臓となまずは食い合わせてはならない。

  一、鹿の肉となまずは食い合わせてはならない。

  一、鶏肉と魚の汁を食い合わせてはならない。

  一、卵とすっぽんの肉は食い合わせてはならない

  一、卵は、ネギやニラと食い合わせてはならない

  一、エビは猪の肉と食い合わせてはならない

  一、エビは鶏肉と食い合わせてはならない

等々。ニラタマなんて料理もあるけれど、本当に身体に悪いのだろうか。しかし、組み合わせとしては、もっとたくさんあるだろう。医学的根拠は不明だが、先人はおそらく経験からはじき出したのだろう。その他にも、地域の環境特性から生み出される体質が大きく影響している可能性もある。

子供の頃、母は、食い合わせに注意して調理していたようだ。しかし、今となっては、確認することもできない。料理番組の通り作って果たして大丈夫なのだろうか。現代の日本の「食養訓」をどなたかまとめてもらえないものか。すでにそういうものはあるのかな。

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2008年11月15日 (土)

こんにゃく料理と健康

以前のブログで、落語『こんにゃく問答』(*参考参照)に触れて、権威者の勘違いを取り上げた。禅問答など門外漢のこんにゃく屋の親父が、たまたま僧になりすまして、旅僧に対応して、打ち負かすというものである。

もちろん、こんにゃく屋の親父にすれば、禅問答などしている気はさらさらない。あくまでも、こんにゃく屋の知識で対応しているに過ぎない。旅僧の方が、それを禅知識と勘違いして解釈して、自分が負けたと錯覚するのだ。人間、専門の域に達すると、かえってその専門性故に、全体感を見失うのかもしれない。学者の世間知らずと同じだ。

さて、こんにゃくは、このこんにゃく問答同様、確かにつかまえるには捉えどころがない。包丁で切る時は問題はないが、千切る時は、つかむと、くにゃと逃げていく。鰻ほどではないが、手で千切るのは一苦労だ。

こんにゃく料理は、時々作っているが、なかなかレパートリーが増えないでいる。正月のお節同様、煮炊きするか、せいぜい、すき焼き、味噌田楽、おでん、かす汁に利用するぐらいた。

こんにゃくは、俗に、砂下しと言われるように、便秘に利く。流風は、どちらかと言うと、お通じはいい方なので、女性のように便秘に困ることはない。だが、こんにゃくは老廃物やダイオキシンなど胃腸にたまっている物を一緒に体外に排出してくれる。

そういう意味では、もっと食材として利用した方がいいのかもしれない。何かと危険な食品が多いことの世の中、体内に蓄積されないようにするためには、有用なようだ。

ということで、こんにゃく料理のレパートリーを増やしたいなと思っていたら、リンクしているブログでこんにゃく料理が紹介されていたので、作ってみた。

それは千切ったこんにゃくと薄切りした蓮根をごま油で炒めて、出汁、酒、砂糖、醤油で煮たものだ。出来上がった物を食べてみたが、これはなかなかいける。お酒のあてにもなりそうだ。お蔭で、胃腸も快調。今後、もう少し、料理のレパートリーを増やしてみようと思う。

*参考    落語『こんにゃく問答』の概要

       http://www.pippo-jp.com/runde/spot/y03/kon-nyaku.html

*追記

最近、「こんにゃくゼリー」なるものを、幼児や高齢者が咽喉につめて、不幸な事件が起こっているが、母も一度咽喉に詰めて大変なことになった。一応、何とか吐き出させたが、二度と食べないと言っていた。母はこんにゃく料理は好きで、よく食べるのだが、その時、咽喉に詰めたことは一度もない。

結局、何が悪いのか考えてみたが、この商品のネーミングが悪いのだろうということになった。つまり、こんにゃくなのにゼリーと勘違いして、呑み込むから、咽喉に詰めてしまうのだ。ゼリーは普通呑み込むので、同じ行動を起こしてしまう。こんにゃくであれば、噛むので、呑み込むことはないだろう。人間の先入観は怖い。メーカーは、名称を変更する必要がある。

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2008年11月 8日 (土)

やっぱり新米は美味しい

今回買った、お米は新米だ。もちろん減肥料の県産米だ。男の性で、時々、他県米を購入するが、結局、県産米に戻ってくる。浮気しても、結局、古女房に戻るのと同じ感覚かもしれない(笑)。

そのお米を炊いてみると、やはり美味しい。それにいい匂いだ。昔は、水の加減が難しかったが、今は含水率が調整されており、いつものように炊飯器で炊いて問題はない。うまく炊き上がった。

新しいものは、やっぱりいいなあ。そういうと、今年、畳も表替えを久しぶりしたところ、畳のいい匂いがして、気持ちよかった。畳屋からは、もっと替えないと健康にも良くないですよ、と言われたが、商売上の話だけでなく、実際、そのように感じる。空気がおいしくなった感じだ。

また俗に、「女房と畳は、新しい方がいい」とは言うけれど、女房はまだ、新しいのを迎えていない。上げた畳はそのままだ(笑)。いろいろ候補はあるけれど、ニュータイプの畳には違和感を覚えるし、迷う所だ。ただ女房は、お金持ちでも、そう度々取り替えては、どこかの芸能人ではないが、破産してしまう。運気も逃すしね。

あれ、何の話をしているのだか。話を本題に戻すと、お米も新しいのがいい。「女房と畳とお米は、新しい方がいい」と言い換えても、いいぐらいだ。新米は、特におかずがなくても、それだけで食欲が湧く。

しばらく、パン食が一日一食はあったのだか、しばらく三食御飯ということになりそうだ。食欲はさらに増しそうだ。しかし、食べ過ぎる可能性もあり、健康管理には困ったことだ。

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2008年10月14日 (火)

仙人になる食べ物~蓮根

秋が深くなっていけば、根菜類が美味しい季節となる。ゴボウ、蓮根、人参、大根などは代表的なものであろう。煮たり、炒めたり、味噌汁の具にしたりすると、大変美味しいものだ。それぞれ個性がある。ゴボウなどはアクが強いが、豚汁にゴボウを入れるのと入れないのでは、全く風味が違う。

さて、今回は、その中で、古書にも、仙人になる食べ物として紹介されている蓮根を取り上げよう。仙人になる食べ物としては、いろいろあるようで、菖蒲、ゴマ、さねかずら、蓮根、蓮の実、蓮の花の雄しべと雌しべ、ツルドクダミなどが挙げられている。これらの根拠はよくわからないが、これらを食する人たちが、結構長生きだったのだろう。

蓮根だけでなく、蓮の実や蓮の花の雄しべと雌しべが取り上げられているのは、蓮には何かいい物を生み出す何かがあるのかもしれない。蓮の実はよいとは聞いたことがあるが、蓮の花の雄しべと雌しべおしべについては、あまり聞いたことがない。このことはよくわからないので、今回はさらっと流しておく。

蓮根は、お節に煮た物を必ず母が作っていたが、その他では、金平にするか、フライにしたものとか、ごま油で炒めたものなどを子供時代から、良く食べた。お節は、料理屋で食べると、白く料理しているが、わが家のものは、父の方針で醤油で甘辛く炊かれて、黒くなったものが好まれた。まあ、田舎料理なんでしょう。

この蓮根、確かに食べると体調は極めてよい。理由はわからないが、寒い時期には、特に良いようだ。咳止めにも利くと云われる。今年の冬も、結構お世話になりそうだ。でも、仙人にはなれそうにもないけれど(笑)。

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2008年10月 4日 (土)

政府備蓄米は安全か

政府は、いざの時のために、備蓄している米がある。しかし、問題がなければ、その備蓄した米は、当然古くなる。当然、処分するのだが、あまり古くなると、精米時に壊れやすくなるので、精米改良剤に浸して、新米と区別ができないくらいに、お米を再生しているということだ。

ところが、この精米改良剤は、プロピレングリコールと言われるもので、いわばプラスチックだ。この改良剤に漬け込まれたお米が市場に流通している。今回問題になっている事故米と同様に、問題になる可能性を秘めている。

これらの米は、生めんや、イカの燻製、餃子の皮、シュウマイの皮、春巻きの皮、ワンタンの皮に使われているからだ。そして、外食産業の米にも使われている。中食のお弁当にも使われているかもしれない。

それに、これらに表示義務が課されていない。本当に、農水省は、どこに顔を向けて行政を取り仕切っているのだろう。消費者行政が遅まきながら騒がれる現在、農水省の政策を全て洗い直す必要があると、つくずく感じる。

*追記

米粉パンについても、使用されている米粉がどのようなものなのか(外国産、日本産、事故米など)確認する必要が出てきた。小麦粉の代替として注目された米粉だが、やっかいなことになってきた。

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おかゆの朝食

中国や台湾では、朝の朝食は、お粥が多いと聞いたが、先日、朝の朝食をお粥にしてみた。2,3日、胃腸の調子がやや重いので、パン食にしようと思ったが、御飯が余っていたので、お粥を作ってみた。

お粥は、熱を出して寝込んだ時以外、食べないが、食べてみて、これはなかなかいい。胃腸への負担も軽そうだ。案の定、お粥を続けると、胃腸は回復した。これ以後も、これに味をしめて、時々、作っている。

おかずは従来どおり(漬物、具いっぱいの味噌汁、梅干、玉子焼きなど)だが、納豆の買いだめがあったため、どうするか迷った上、お粥に入れてみた。いつものように、辛子と出し醤油を混ぜて、お粥に落として混ぜて食べると、豆粥のようになって、意外と美味しかった。

これは癖になりそうだ。流風にとっては、瓢箪から駒ということになった。ちょっと、朝食が楽しくなった。

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2008年10月 2日 (木)

介護離婚

芸能界の夫婦も大変そうで、介護疲れで、ある夫婦が離婚すると騒がれている(*追記)。介護は、片方の親だけでも大変だが、この夫婦は両親の介護が重なったようだ。介護は片方の親だけでも大変なのに、夫婦両家の親の介護となると、最大4名の介護になる。それが時間差があれば、また何とかなるかもしれないが、同時進行すれば、夫婦関係の維持も難しくなるのもわかるような気がする。

昔は、嫁は嫁いだ先の両親の面倒を見るだけで済んだ(それだけでも大変)が、今は兄弟の数も少なく、それも一人っ子であれば、なおさら、実家の親達の面倒も見なければならなくなる。そして、更に共働きだったら、それは最早打つ手はない。それこそ、親を施設に入れるしかないだろう。しかし、施設に入れるには、それ相当のお金も必要だ。

自宅療養でヘルパーさんを使うとしても、色々手続きは必要だし、全てを任せる事もできないとなると、子供がある程度、介護をすることになる。それは仮に妻が専業主婦でも同じことだろう。結局、子供の生活を犠牲にしないと、面倒は見れなくなる。それが介護疲れを生み、生活が破綻する例も見られる。

それでは、どうすればいいのだろう。いずれ介護者も介護されるというのは間違いないだろう。この世は循環している。とすれば、親が元気なうちから、どのようにしていくか、考えておくことが大事なようだ。その点、親というのは、割と暢気に考えているフシがあり、子供は、その考えに惑わされてはいけないようだ。

例えば、延命治療をすると、子供の負担は異常に増える。だから、元気なうちから、延命治療をするのか決めておいてもらい、その場合の金銭的負担や誰がどのように世話するかも大体決めておいた方がいいかもしれない。

長生きするリスクは、本人もリスクを抱えるが、子供などの周囲もリスクを抱える。リスクに備えて、どのように生きるかが全ての人に問われているのかもしれない。

*平成21年8月17日追記

かの芸能人夫婦は、離婚するそうだ。親の介護だけが離婚原因ではなさそうだが、いろんな負担が、事情を複雑化させた可能性はある。

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2008年9月15日 (月)

九州の農畜産品は安全か

母が、九州の農畜産品は買ってはならない(特に問題の県を挙げていたが、ここでは記さない)、とよく言っていた。その根拠に疑問を持っていたが、今回のような事件が起こると、問題の根本は異なるが、不信感は募る。母は何を根拠に言っていたのか知らないが、いろんな情報を収集していた。

父は笑っていたが、母は真剣だった。農畜産品物がどのように作られ、どのように流通しているか、自分なりに調査していたようだ。一般の主婦である母が、土壌の状態、使用されている肥料、農薬使用の状態、畜産の飼料などを詳しく調べていた。これは、まるで研究者のようだと当時、思ったものだった。

確かに、九州の農畜産物は、実際、土壌が汚れていたり、農薬が過剰に使われたり、禁止農薬が使われたり、餌に問題があれば、問題は多いかもしれない。しかし、なぜ、母は、九州に注目したのだろうか。

父や流風は、小さい子供がこれらを摂取するのは危険だが、大人が常習的に摂取しなければ、排泄されるという判断をしていた。このように程度問題と思われるのだが、九州の農畜産物には、今後、多少神経質になるかもしれない。

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2008年9月 7日 (日)

なめられている農水省は何をすべきか

次々と発覚する食品偽装。そして今度はメタミドホスが混入した輸入食用事故米を業者に転売される事件。もう、これは業界が、農水省を完全になめきっている証左だろう。どうせ見つからないと思っているのだろう。彼らに見つかることなどありえないと業者は判断し、仮に見つかっても、大した処分を受けないと考えているのだろう。

それほどに、農水省の業界監視システムが甘いのだろう。さらにもっと深い事情があるのかもしれない。発覚した事件は氷山の一角に過ぎないのだろう。業者は言うではないか。「皆、やっているのに、なぜ自分の所だけ摘発するのか」と。この問題は、慣例のように、長い間、続いていたのだろう。知らないのは、一般消費者だけだ。

もっと農水省にはしっかりしてもらいたい。人の口に入るものを十分に管理できないのは困る。よく事故品は、人体には影響ないと、無定見に発表するが、根拠はない。国民の健康を害するような農畜産物が市場に流通するようでは、農水省は、その役割を果たしていない。

農水省は、現在の仕組みそのものを見直すべきだろう。業界管理は、経済産業省から、そのノウハウを教えてもらうべきだろう。そして、悪慣習に慣れた食品業界を相当締め上げる必要がある。

もちろん、農水省が、業者の不正を一つ一つ管理するのは事実上不可能だろう。であれば、それぞれの業界で管理させればいい。そして、その業界団体に所属する会員が不正を行えば、共同責任で、所属団体が、相当厳しい罰金を国に納付させる仕組みを作ればいい。一種の五人組システムだ。

業界団体は、毎年、会員から、それ相当の会費を徴収し、それを積み立てておく。不正があれば、業界で負担する仕組みを作れば、業界内で監視する仕組みが作られ、不正が発生する前に、事前チェックできることになる。

ただし、ムチに対するアメは必要だ。つまり、その業界団体に属するメリットは、それなりに大きくなければならない。業界と対話しながら、さまざまな支援作りは求められる。そういうことが、結局、業界全体で取り締まることになるだろう。

*追記

そもそも農水省が、輸入食用事故米を売却して、国内流通させたことが問題の根本だ。国際公約であろうと、国民を害する可能性があるのなら、輸入すべきではない。そいうことをきちんと判断できないのなら、農水省の存在価値はない。こうたぴたび問題が起こるなら、次の政府は、機能不全に陥っている農水省を解体再生させるべきだろう。

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2008年8月17日 (日)

姥捨山はどこに

  わが心 なぐさめかねつ 更科や

        をばすて山に 照る月をみて

凡そ、嫁と姑の関係の難しさは、今に始まったことではない。どこの国でもある問題だろう。しかし、現在の日本のように、世帯が細かく分離してしまっては、家に伝わる文化も途切れてしまう。そういう意味では、嫁・姑問題を避けることは、日本文化を断絶させる原因にもなりかねない。

実際、姑関係に悩んだ嫁は、家を立派に守り立てている女性が多い。亡き祖母によると、「女は、大体、楽な方向の思考になりやすい。手抜き料理などというのは、その好例。姑は、それにブレーキをかける役割がある。駄目な嫁も姑に鍛えられて、まともな嫁になる。鉄は熱い内に打たなければならない、という諺は女のためにあるようなもの」と常々言っていた。

まあ、これを現代の女性がどう捉えるかはわからないが、一応理屈は通っているかもしれない。しかし、嫁と姑の間に挟まれて、いつも苦悩するのは、夫である。親を立てれば、嫁はむくれるし、嫁を立てれば、親不孝者と言われる。

そういうことは、昔から世界で起こっていたことだろう。日本で、これを文学にしたのは、『今昔物語』であろうが、後世、いろんな作家が、これを基にして、いろんな小説を書き上げた。そして、映画にもなっている。

さて、その、『今昔物語』の話では、母親は登場せず、叔母が登場する。その叔母と嫁の関係が悪いのである。少々呆け気味の叔母はいろいろ物議を醸して、夫も嫁の言うことに一理あると理解し、叔母を騙して、山に捨てに行くのである。

しかし、いざ叔母を捨てて戻ってきたものの、心は晴れない。そこで詠ったのが、最初に挙げた歌である。そして、思い直して、叔母を迎えに行くのである。そして、以前のように養ったとある。

妻は日頃の不満を基に、色々夫に文句を言う。それはストレス発散でもある。夫は、それを真に受けて、道にはずれることをしてはならないと諭している。夫というのは、いつの時代も調整者でなければならないのかもしれない。

看てもらう辛さ、厳しい言葉を受ける辛さ、間に挟まれる辛さ。三者三様の辛さに耐えられず、姨捨山は現代でも存在している。問題は、果たして、それがベストの選択なのかということ。今後も、皆、姥捨山で悩んでいくことになるのだろう。何せ輪廻の問題だから。

*追記

この筋から行くと、「叔母」を捨てたから、「叔母捨山」なのかもしれないが、後世、「姨捨山」となった。「姨」とは、老婆の意味だ。確かに、「叔母」は「姨」であったことから、間違いではなかったのだが、最初の意味からはずれているかもしれない。後世、「姨」を強調して現代に至っている。

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2008年8月12日 (火)

暑い日々と麦茶

毎日、暑い日が続いている。朝方は、室内で、31度ぐらいだが、夕方だと37度になっている。それもなかなか下がらない。暑いのは嫌いではないが、さすがに室内でとなると暑すぎる。

でもねクーラーはつけない。扇風機オンリーだ。別に節約しているとわけではなく、その方が気持ちよい。ただ外出すると、クーラーが強すぎて、気持ち悪い。公共交通機関にしても、物販店にしても、飲食施設にしても、なぜあんなに強い冷房をするのだろうか。

温度に対する感度は個人差があるとは言え、やはりクーラーのつけ過ぎは室内外の温度差を考えると、あまり気持ちのよいものではない。だから、室外に出ると、ホッとする。

夏バテ対策としては、いろいろ紹介されているが、基本的に十分な食事と睡眠と言うことになるのだろう。今年の夏に限って言えば、食欲は落ちていないし、睡眠もまずまずだ。確かに寝苦しいが、いつの間にか寝入っている。

それに、流風は麦茶をよく飲む。むろん環境のため、ペットボトルを購入したりはしない。毎日、麦茶を薬缶で沸かす。そして、冷ました物をそのままテーブルの上に置いておく。決して冷蔵庫には入れて冷やさない。そのまま飲む。

そうすると、胃腸も快適だ。体調も非常にいい。普通のお茶もよく飲むのだが、麦茶を一日2リットルぐらい飲む。少し運動して、毎回飲めば、あっという間になくなる。流風にとっては、麦茶は夏バテ対策の一つなのだ。

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2008年8月 6日 (水)

ステテコ一丁

子供の頃、父がステテコ一丁で、家の中はもちろん、近所をうろうろするので、母が非常に嫌がっていた。しかし、父は改めようとせず、「この方が楽なんだ」と言って、それで通した。

流風は、長い間、ステテコの着用はしなかったのだが、さすがに、この歳になると、夏の蒸し暑い季節に、ズボンは短ズボンでも、少々苦痛になってきたので、ステテコを購入し、試した所、大変楽なことがわかった。

まず何と言っても、軽い。ズボンのように物は入れられないが、そんなことを気にしなければ、結構快適だ。父がステテコ姿に執着したのが、やっとわかった気がする。身体も軽く、心も軽くなる。蒸し暑い時期には相応しい。

始めは、さすがに屋外に出るのは、近所の手前、遠慮していたが、段々厚かましくなって、家の外に出ている。それでも、一応、庭ぐらいで、さすがに外出はしていない。ステテコが下着なのか微妙だ。これで外を歩けば、軽犯罪法に触れるかもしれないと思うからだ。

そのステテコ、父が愛用していたのは麻製だ。流風は、綿のものを使っているが、汗をかくと、どこか肌にまとわり付きそうな感じを受ける。ちょっと高額だけど、麻のステテコを入手しようと思う。でも、混麻ぐらいから始めるか(*注)。

*注

混麻製は、綿製より高いが、麻製よりはかなり安い。そういうことで、懐具合と相談だ(笑)。

*2009年8月12日追記

若い人の間で、ステテコが流行っているらしい。ただし、白色ではなくて、デザインステテコだ。これなら、ちょっとした出歩きが可能かな。また女性の冷え防止のために、ステテコが愛用されていると言う。こうなれば、隔世の感じだ。

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2008年8月 5日 (火)

青森のりんごジュース偽装

流風は、りんごジュースが好きで、特に果汁ストレートのものをよく飲む。濃縮還元ものはちょっと美味しくないからだ。ところが、そのストレートジュースでまた偽装だ。青森の業者が青森産のりんご使用と偽って、2年前から出荷していたらしい。

これはちょっとショックだ。なぜなら青森産のりんごジュースは美味しいということで評価していたからだ。流風が飲んだりんごジュースに該当しているかは不明だが、嫌な感じだ。それにしても、全国のいろんな業者が偽装で毒されている事実に唖然とする。

商売の倫理はどこに行ってしまったのだろう。生き延びるためか、不当利得を獲得したいためか、理由は様々だろうが、食品業界の不正は次々と明らかになる。この業界への不信感は、外食産業に対しても広がっている。

もう、消費者は、直接生産者とつながらないといけないのかもしれない。りんご生産者の知り合いを探そうかな。りんごさえあれば、りんごジュースなんて、自分でも作れるし。

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2008年7月25日 (金)

手間いらずの家庭菜園の成果

家庭菜園の成果は今のところ順調なようである。先月植えたトマトの苗は順調に生育し、300グラム大のものが5個、170グラムクラスが10個できた。まだやや小さい物はできそうだが、それらは成果外としておこう。苗1本が65円だったから、費用対成果は大きい。市場価格に照らしてみれば、1000円程度の成果なのだろうが、金額以上に嬉しい感じだ。手間はほとんどかけていないだけれど。

ナスの方は、やはり手入れが必要なようで、何もしなかったため、今のところ、普通の大きさのナスが6個と少ない。これは育成の方法を来年は、もう少し研究が必要なようだ。この苗も65円程度だ。市場価格に照らせれば、600円程度の成果。

ジャガイモは1.5キロ収穫した。大きさは様々だけれど、美味しそうだ。もう少しすれば、メークインもできるだろう。これらは毎年できるので、費用は全くかかっていない。成果としては300円程度か。

あと期待できるのが、サトイモ。毎年冷蔵庫で腐らせてしまったサトイモを植えるのだが、いつもなかなかできなかったのに、今年はどうしたことか、昔いくつか植えたものも含めて、大きい葉を茂らせている。サトイモは大好きなので、成果が待ち遠しい。

ショウガも作っているが、これは新ショウガという段階にはなっている。ただ秋まで放置して、収穫するつもり。これは種ショウガに比較的かかっている(2000円程度)ので、成果は期待できないと思う。ショウガがどのようにできるのか知りたかっただけだ。土を荒らすから、作るのは今年だけにするつもりだ。

柑橘類は、夏みかんとユズは順調だ。しかし、レモンは不作になるだろう。柿も肥料をやるタイミングを間違えたため、不作になるだろう。葉は青々としているが(以上は借地)。

食物ではないが、ヒマワリを数十年ぶりに植えてみた。小学生の頃、夏休みの宿題を兼ねて植えて以来、初めてだ。それにしても、気持ちよくぐんぐん大きくなり、流風の背丈を越えて、まだ大きくなっている。ただ近所では既に咲いているのに、まだ咲かないと思っていたら、やっと昨日咲いた。でも、植える場所が塀際のため、見るのが大変。ここしかなかったのだが。

ヒマワリというと、昔、中国の留学生の方から、ヒマワリの種の食べ方を教えてもらって、頂いたけれども、あまり美味しくはなかった。でも、彼らはよく食べるようだ。でも、このヒマワリの種を食用には多分しないだろう。

家庭菜園も、まだ本格的に取り組んでいないので、勉強が必要なようだ。植物を育成するのは簡単なようで難しいところがある。何をするにしても、その奥行きの深さは、経験することによってわかるのかもしれない。

但し、家庭菜園は、基本的に、農業者と異なり、あくまでも道楽だ。あまり熱くなる必要はないし、気楽にやった方がいいのかもしれない。それでも、何かができる喜びは大きい。まあ、これからも適当に続けるつもりだ。

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2008年7月13日 (日)

夏本番と帽子

梅雨明け宣言は、近畿地方で、まだされていないが、実際は、既に明けていると思われる。昨日も、神戸市内を歩き回ったが、真夏の暑さだ。日差しは明らかな夏だろう。歩き過ぎて、一万歩をはるかに超えていた。

夏の季節は、比較的好きな季節で、母からも、「あなたは夏の子」と言われ続けてきたが、やはりそうかなと思う。暑さは、それほどには気にならない。もちろん、冷たいものの摂取はできるだけ控えている。毎夏のことだが、ついつい冷たいものに手を出すと、必ず夏バテが起こる。それゆえ、今年は、十分気をつけたい。

さて、話は変わるが、街を歩いていて気づいたのだが、皆さん、比較的帽子を被っていないのに気づいた。女性は黒い日傘を利用されているのも見かけたが、そういう人も少なく、無帽のままだ。熱中症に罹ることはないのだろうか。

子供の頃は、必ず麦藁帽子を被って遊びに出かけたし、学校時代も帽子は必須だった。社会人になってからは、若干被る頻度は落ちたものの、何がしかの帽子を利用していた。最近は、丸い帽子を外出時は被っている。

確かに帽子を被ると、頭部が蒸せるし、禿になりやすいとも聞く。髪型も乱れる。まあ、流風の場合、髪型はいつも乱れているので、実害はない。でも、髪の毛が薄くなるとすれば、少し考えてしまうが、熱中症になっても馬鹿らしい。

でも、皆さん、被っていないなあ。大丈夫かいな。

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2008年7月10日 (木)

夏バテ予防と夏野菜

先日、家庭菜園で作っているナスをはじめて収穫した。だが、次々と成っているナスも、トマトほどの収穫は見込めそうもないので、自給自足とはいかないようだ。でも、収穫できた喜びは、それにも増して大きいものだ。

少し小振りだが、つやつやして美味しそうだ。早速、仏壇に供えて、収穫を喜ぶ。料理は何にしようか、少し迷ったが、味噌汁にすることにした。揚げとモヤシと一緒に煮て、美味しい味噌汁になった。

俗に、「初ナスを嫁に食わすな」なんて言うけれど、確かに美味しい。しっかりした味わいだ。この俗説は、単に美味しいということだけでなく、ナスは身体を冷やすので、女性にはよくないという意が隠されているという。

まあ、食べ過ぎなければいいと思うけれど。この時期、ナスやトマトとなどで、身体を内部から、ある程度冷やせば、冷房も必要がなくなるので、何が何でも食べるなとは言えないだろう。

さて、梅雨もあけて来たので、これからは暑い夏到来だ。外に出かければ、汗が一杯で、室内に入れば、クーラーに冷たいものと行きたいが、これは健康によくないのは明らか。水分補給は大切だが、冷たい物は胃腸を弱め、夏バテの原因になる。それにクーラーも外気温との温度差は、身体を蝕む。

冷たい物は控えて、常温のものを摂取したいものだ。冷たい物を摂取するにしても、ゆっくり一口か二口ぐらいで止める方がよさそうだ。大体、クーラーを強く必要とする人は、冷たい物を摂取しがちだ。結局、これは悪循環。省エネルギー時代にも合わない行動なのだ。

それと共に、夏野菜の摂取により体内温度を冷やすことも求められる。夏に取れるものを夏に摂取するのは、身体の理にかなっている。夏野菜のナス、トマト、ピーマン、オクラ、ニラの摂取で夏バテを防止したいものだ。ただ料理をするのは辛い時期になってきた。クーラーして料理するのも気に食わないし。

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2008年7月 9日 (水)

医療ドラマから考える

基本的に、日本のドラマはあまり見ないのだが、『Tomorrow』(*参考参照)は番組宣伝を見て、珍しく視聴したくなった。医療関係のドラマは、医療内部の問題を扱ったものが多いが、このドラマは、もう少し、話題を広げているのではないかと思われたのだ。

それは、現在問題になっている地域医療を取り上げているからだ。地域医療は大変深刻で、いろいろな制度変更が混乱を惹き起こしているようだ。そういうことにスポットを当てたドラマのようなのだ。題名の『Tomorrow』がなぜ英題なのか不明な点もあるが、制作者は「明日への希望」とか「明日への光」をこのドラマで暗示したいのかもしれない。

それにしても、医は仁術であるとは、昔よく言われたことだが、今では死語に近いのだろうか。韓国のドラマで、宮廷医への道を描いた『ホジュン』でも、主人公が「心医」を目指すのだが、その困難は壮絶なものだったと描いている。医療の原点は何なのか。確かに、このように使命感だけで医療行為をするには限界があるだろう。しかし、使命感なき医療では、多くの人の共感を得られないのも事実だろう。

さて、このドラマの設定は次のようになっている。地域の漁村、西山室市では、総合病院は一つしかなく、そして、ここでも医師不足である。そのため休診が多く、その結果、患者は減り、悪循環に陥り、実質機能していない。患者が来ないのだから、当然赤字は膨らむばかり。役所はやり手の医師を招いて改革を図ろうとするが、それは結局患者の切捨てにつながる。それに対して、どのように役所・医療者・地域住民が対応していくのか、という重いテーマだ。

このドラマでは、一回目を視聴した限りでは、そのようなものをできるだけコミカルに重くならないように描いている。しかし、ドラマ制作の問題意識は高いように感じられる。実際、政治の場で、侃々諤々論じられても、関係のない都市市民にとっては、わかりにく問題でもある。それを具体的に表現しているのは評価できる。都市は地域によって支えられていると考えれば、都市住民も無視できない問題だろう。

主人公森山航平(竹野内豊)は、かつて病院勤めの時、人を救えなかった。それが心の重荷になって医師を辞め、西山室市に一般職員として流れてきた(*注)。凡そ、名医と言われる方々も、多くの患者を殺している(助けることに失敗している)。医療技術は、教育で伝えられる部分と経験しないとわからない部分がある。

真面目な医師ほど、患者の死に遭遇して、悩むことになる。しかし、それで医師を辞めてしまっては何もならない。患者の死を通じて、次の段階にステップアップすることが求めれる。しかし、現代は、医療訴訟なるものがあるため、医師が最大限努力しても、訴えられる可能性がある。そうすると、医師は萎縮してしまい、安全策しかとらない。

それでは、医療は進歩しない。患者やその家族は、患者を任せた医師や医療機関にどう接するのか、難しい課題が横たわっているのだ。基本的に、これはと思った医師に任せれば、後は天となれ、地となれという気持ちが大切ではないか。それも患者の運命だ。患者側が、生死をどう考えるかという死生観、その上で医療機関といかに接していくか、ということを日々考えていくことが大事なのだろう。

そして、もう一人の主人公田中愛子(菅野美穂)は、人間的な優しさに溢れる看護師だが、病院経営のことは頭にない。なんとか患者を救いたい一心で、関係者に激しくぶつかっていくので、いろいろ物議をかもす。しかし、彼女の医療に対する心掛けは大切だ。彼女の熱意は、周辺をも変えていく。医師を辞めた森山航平さえも。

実際の医療の現場は、このドラマより、もちろん、もっと厳しい状況だろう。ただ根本的な問題は、このドラマで示されることと類似しているかもしれない。私達は、いつでも利用できると思っている医療機関の危機に対して、無関心ではいけないだろう。

また医療機関は、地域住民と分離された孤独な状態で、被害者意識を持ちやすい。そういうことが医療機関も地域住民であることを忘れがちにさせている。地域に溶け込み、地域に応援を依頼できるような、地域と共に歩む姿勢が求められる。

他方、地域住民は、地域医療といかに付き合っていくか、各人が考えなければならないのだろう。あるべき医療システムは、結局、住民の意思が反映されるのは間違いない。地域住民は、医療機関と共にあるべき姿を目指すことが求められる。

いずれにしろ、このドラマを通じて、医療機関と患者と地域住民の関係性を再度考える機会にしてみたい。今後のこのドラマがどういう課題を取り上げていくのか、その展開が楽しみだ。

*注

その後の話しの展開では、担当教授の医療ミスのようだ。森山航平は、そのことを指摘したが、逆に、疎まれ、大学病院を放り出される。

*追記

なお、このドラマ『Tomorrow』は放送終了したが、全10回のため、どうも表現が荒っぽいものになってしまっていた。取り上げているテーマは、時事的で関心の深いものだが、この問題をたった10回で表現するのは無理がある。政治家が絡んでいるシーンもあり、選挙のことを意識して、早めに打ち切ったニュアンスが感じられた。この手のドラマは、視聴率も大切だろうが、最低30回ぐらいのストーリーを描いてもらいたいものだ。

*追記

それにしても、菅野美穂さんは、オパQ顔だなあ(笑)。それだから、女性にも人気があるのかもしれない。ちなみに彼女は、8月30日公開の『パンダフルライフ』でナレーションを担当するようだ。オパQじゃなくて、パンダ。そういうと似ているかもしれない。なお、この映画については、また別の機会に触れてみたい。

*参考

  TBS 日曜劇場『Tomorrow』のホームページ

     http://www.tbs.co.jp/Tomorrow2008/

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2008年7月 5日 (土)

今年の土用の丑、どうする?

本当に、次から次へと偽装のオンパレード。食品業界の体質なんでしょうね。農水省も、甘やかしてきたのでしょう。難しいからと言って、放置してきたのが現状のような気がする。彼らの無能さに付け込み、業者はやりたい放題。

農水省は、業者になめられているのだろう。政治家と共に業者との癒着を疑われても仕方ない。これなら、いっそ業務を業界品質管理手法を理解している経済産業省に移管した方がましかもしれない。

さて、今年(平成20年)の土用の入りは7月19日で、土用の丑は7月24日(今年は8月5日も)だ。両親は、鰻が比較的好きで、毎年土用の丑だけには、必ず鰻を食べていた。流風は、子供の頃は、ぎとぎとになった鰻丼はあまり好きではなかったが、社会人になった頃からは、少し食べるようになった。それでも、大好物と言うほどの物でもない。

もともと平賀源内が、鰻屋の販売促進用に作ったキャッチフレーズが、大ヒットした結果が、現在まで続いているようだが、確かに栄養的には、この時期に望まれるようだ。

だが、今年は、少し様相がちがう。例の偽装問題が、タイミング悪く発覚している。どうも、積極的に食べようとは思わないのだ。本物も、偽装も、こうなれば同じ。気分的に、そんな気にはならない。今年は鰻はパスすることになるだろう。

というのは嘘。結局、一尾ぐらいはどこかで食べることになるかもしれない。そんなに頻繁に食べるわけではないので、毒でも入っていない限り、大した影響はない。だが、偽装だけならまだしも、禁止薬品も使用されていたとなっては、これは本当にパスせねばならないかも。源内もどこかで嘆いていることだろう。鰻文化もなくなるのかと。

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2008年6月26日 (木)

トマトの季節

家庭菜園では、ぐうたらな流風は、ジャガイモ、サツマイモ、ネギ、大根、青紫蘇(大葉)など手間のかからないものをよく作る?いや、勝手にできてしまう(笑)。

そして、この季節には、大体、ナス、きゅうり、トマトは素人でも栽培しやすいものを作る。きゅうりは変形した変なものばかりできるが、味は普通。ナスはまあまあ。トマトが一番手間いらずで成果大。

そういうことで、今年も、トマトの季節になってきた。このトマトは家庭菜園には最適だ。初心者でも、苗を買ってきて、植えておけば、大抵収穫できる。昨年は、ミニトマトの苗を二株も植えたものだから、大変なことになった。あまりにも実の量が多すぎて、食べきれないのだ。いろいろ工夫して、やっと食べ終わったが、一部は腐らせてしまった。

そういうことで、今年はミニトマトではなく、普通のトマトを植えた。今のところ、完全無農薬で、順調に生育し、青い実が鈴なりになっている。食卓に上るのも近いようだ。はてさて、どんな味だろう。楽しみだ。

*追記

また、トマトの成分、リコピンとかが体にいいそうだが、基本的に夏野菜。体を冷やすため、その摂取の仕方には注意が要る。だから、流風は、冬には、いかにスーパーで出回っていても、買わない。主義として、地野菜で、季節に採れるものを食べるようにしているからだ。まあ、生で食べなければ、いいんだけれど。

*平成20年7月11日追記

やっと赤くなってきたトマトを収穫。しばらく、美味しいトマトが食卓に並ぶ。それも生のままで味わうことにした。食べて見ると、普通にスーパーに売っているものと同じ味だ。それに無農薬のため、いつも湯剥きしているが、その必要もなく、皮ごと食べても美味しい。子供の頃、母が作っていた青臭いトマトとは違っていた。

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2008年6月14日 (土)

医療者を支援するには

医療の問題がいろいろ論じられているが、それは全て、医療提供者の不足とか、患者側の問題がほとんどのようだ。

それでは、医療を提供する医療者の仕事環境・生活環境はどのようだろうか。研修医を除けば、所得では問題はないだろうが、その生活の面でのバックアップ体制は十分だろうか。

診断等の数々の医療行為に追われて、生活破壊している医療者も多いのではなかろうか。だが、これは厚生労働省がいかに手を打っても改善されるものではないだろう。

これらは、患者となりうる地域住民でバックアップする必要がある。少し考えるだけで、例えば、食事の体制、仮眠施設、24時間各種サービス、家族のケアシステム、移動のバックアップシステム、未払い集金処理、各種雑用などがあるだろう。

これらをあまりお金をかけずにできたら、医療者は随分助かるのではなかろうか。とにかく、医療者が困っていることを地域でバックアップするシステムを作れば、こんなに医療者が不足という事態は避けられるのではないか。医療者は、困っていることを、地域にもっとオープンにして、地域と共に考える機会を作ろうではないか。

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2008年6月 8日 (日)

老老医療へ

後期高齢者医療制度について、なかなか論議がまとまらない。しかし、あまりにも不平を言う人が多すぎるように思う。確かに、前にも触れたように、この制度の周知徹底が不十分だったのは国の責任だろう。

だが、私達は、いずれ皆死ぬ。皆が皆、ぽっくり死ねればいいが、多くは、最終段階で医療機関のお世話になる。その時のために、何か手を打たなければならない。それは個人で経済的に準備するのか、保険をかけて準備するのか、ということになる。

ところが、残念ながら、今まで、国民は皆若いと思って生きてきたのだろう。高齢者がこんなにたくさん世の中に出るようになって、慌てたのが国という感じだ。それで、この制度を慌てて作ったが、仏作って魂入らず。

そして、病気の多くなる後期高齢者で、自分の保険をかけることは矛盾しているという見方もあながち否定できない。個人差はあるものの、後期高齢者の方が病気に罹るリスクは大きい。今のために保険をかけるのはおかしいかもしれない。

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2008年5月10日 (土)

美味しいキャベツ

以前は、そんなに食べなかったのに、最近よく食べるのがキャベツだ。最近のキャベツは甘い。特に新キャベツでなくても、甘い。

よく食べるようになって、かつては四分の一カットなどを購入してといたが、最近は丸ごと買うことも多い。若い頃は、丸ごと買っても、腐らせてしまうことも多く、カットものを買っていたのとは大違いだ。

それにキャベツは胃腸薬になっていたように、確かに整腸作用はあるようだ。もともと、お通じはよい方だが、食べた翌日は、更によくなる。

料理としては、そのままスライスして食べるのが一般的かもしれないが、料理店のようには切れない。繊維に沿って切ればいいとは聞くが、なかなかうまくはいかない。スライサーなども購入してみたが、それでもイマイチ。

結局、ビタミンCが失われるらしいが、湯がいて食べることが多い。湯がくと自然と量もかなり食することになる。そのまま、マヨネーズやドレッシングをかけて食べるのもいいが、湯がいて適当に切って、油で炒めて、溶き卵を入れ、再度炒めれば、それなりの料理にもなる。後は、トマトケチャップを少し落とせば、これで一品料理。これはよくファミリーレストランなどにありますね。

野菜炒めにも絶対欠かせないし、ラーメンの具にも使える。このほかにも、湯がいたキャベツは、オリーブオイルとお酢に漬け込んでも、いい。少し、つまみが足りないときは役立つ。カレー屋では、ついている店もありますね。

また先日、テレビで百歳のお爺さんが、キャベツを蒸して食べていたので、試してみると、これもなかなかいける。湯がくとの蒸すのと、どう違うのか、わからないが、いろんなやり方があるものだ。

もちろん、キャベツを豚肉やひき肉などを互い違いに重ねて、共に炊いて、コンソメで煮ても美味しい。それに塩・胡椒して味を調え、ケチャップを加えることもある。

それに関西では、粉ものには欠かせない。お好み焼き、焼きソバには必須だ。こういうのに、キャベツをローテーションで使っていると、いつの間にか、なくなっている。

農家の皆さん、美味しいキャベツを今後も宜しく。

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2008年5月 9日 (金)

食品用プラスチック容器は安全か

母は、食品がプラスチック容器に入っていると嫌がっていた。さらにラップ類は一切使おうとせず、安全性に常に疑問を持ち続けていた。流風は全てのプラスチック容器やラップ類が必ずしも危険とは思わないが、温める場合は、果たして安全なのか疑問に思ってしまう。

あまり買わないコンビニのお弁当の容器も安全なのだろうか。基本的には、温めはお願いしないことにしている。あのプラスチック容器が果たして電子レンジ規格に合っているのだろうか、と思うからである。

専門家によると、電子レンジ規格に合ったプラスチック容器を使わないと、危険な化学物質が含まれている可能性があるとの事だ。危険な化学物質には、酸化防止剤、着色料、紫外線吸収剤などがある。

基本的に、プラスチック容器はなくす方向で検討が必要だが、急にはなくすことは難しいかもしれない。そうなると、消費者は自衛するしかない。要するに、プラスチック容器のまま加熱しないことが求められる。

手間かもしれないが、専用のガラス容器や陶器に移しかえて、温めることが必要だ。そういうことは、結局、自身の健康にいずれ反映されることになるのだろう。

まあ、流風にとっては、いまだ電子レンジを持っていない原始人だし、温めるとしても、自分で作ったものを、鍋で温めなおすか、蒸し器を使うし、あまり関係のないテーマだけれど。それよりも、食品用プラスチック容器包装を減らせないものかなあ。

*参考

  厚生労働省の発表

  「器具・容器包装、おもちゃ、洗浄剤に関する情報」

  http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kigu/index.html

*平成20年11月1日追記

現在、伊藤ハムのトルエン問題が出ているが、プラスチック包装が疑われている。特に熱処理した食品の包装は危ない気がする。

*平成21年5月18日追記

時々、節約主婦が、食品用でないプラスチック容器を使って、食品を保存しているのを、テレビ等で見るが、これは危ういのではないか。消費者には、食品用も、非食品用も、プラスチックの区別ができていないのではないだろうか。

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2008年5月 6日 (火)

後期高齢者医療について

後期高齢者医療制度について、例によって、マスコミで侃々諤々やっている。流風は、結論としては、この制度は止むを得ないと思う。ただ、政府の告知の徹底が不十分だったことは否めない。小泉元首相時代に決まっていたのなら、なぜ今まで周知徹底を怠ったのか。問題は、その一点に尽きる。

この制度がなぜ必要かというと、現在の健康保険制度は、主として現役を対象としたものだからだ。今までは、その範囲内で、高齢者も面倒を見てきたが、少子高齢化に伴い、これまでの保険制度では、高齢者の面倒を見切れなくなったということだろう。

もちろん、このことはとうの昔にわかっていたことだが、長い間、御座なりにされていたのだ。国は国民に説明するのが下手すぎる。確かに、国民に負担を求めるのは、政治家にとって、リスクかもしれないが、それを避けたところで、何にもならない。きちんと受益と負担を説明すべきなのだ。それをやってこなかった与野党の政治の責任は重い。

だから、これは小泉改革とは、別次元のものである。一緒くたに悪意を以て考える人たちがいるようだが、それはおかしい。周知徹底ということを軽く考える官僚や政治家の力が落ちていることは憂えるべきことなのだ。

そして、今まで、後期高齢者がきちんと医療機関にかかって、予防に努めてきたかと言えば、それは疑わしい。病気になって、本人だけ苦しむのなら許されるが、多くの医療機関を煩わせることになる。

父だって、毎年の健康診断を怠ったから、病気の発見が遅れ、重大な事態になり命を落としている(*注)。ただし、医療機関を煩わせたのは半年程度だから、国にはあまり迷惑をかけていないかもしれない。もう少し、長生きして欲しかったが。

そうしない意味においても、掛かり付け医を設け、定期的で継続的な診断をしてもらうことは、大切なことで、延命治療も含め、無駄な医療費は削減できるのだ。

確かに、新しい仕組みにして困る後期高齢者は出てくるであろう。だが、その問題は、各自治体が別途手配して個別に救済すればいいことだ。そういう意味では、ある程度、地方に裁量権を国から移すことも求められる。国の画一的政策では限界があるだろう。

後期高齢者医療制度が全て悪いわけではない。根幹の制度として確立し、柔軟な地域判断ができる仕組みを作り上げれば、評価できるシステムになるだろう。マスコミは極端な事例を出して騒ぎすぎる。特殊事例ばかりつついても、政策のグレードアップはできない。政権チェックは必要だが、大所高所かつ、もう少し広く客観性に基づく報道が求められる。

*注

更に不運なことに、父の場合は、以前にも記したが、初期診療の誤診が病気の発見を遅らせている。そして、転院した病院での治療ミスが状態を更に悪化させている。最初診療したのは、中堅の病院。転院した病院は、独立行政法人の病院だ。この時は、医療の質が落ちていることを痛切に感じた。どんな医療機関に掛かるかは、一種の運と言えるかもしれない。

*追記

いずれ前期高齢者も、高齢者医療制度に組み込まれることになるだろう。そのことは、今後ますます高齢者が増えることから、前期高齢者、高齢者予備軍も覚悟が必要だ。

*平成20年7月13日追記

後期高齢者医療について、未だ結論が出ていないようだが、この件に関しては、野党の主張はあまり宜しくない。根本的な議論ではなく、枝葉末葉の議論で政争の具にしていると感じられる。早く結論を出して、野党は妥協すべきだ。後々の運用の問題で、事態を遅らせるべきではない。

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2008年4月16日 (水)

食養訓は正しいか

食養訓らしきものは、昔から、いろんな人々から伝えられてきた。ただ最近は、「食育」などの奇妙な言葉が使われているが、流風は決して認めない。食は、上からの押し付けでは真に理解できない。知識に頼り過ぎるのは危険だ。経験知も必要だが、自ら学び取るものだ。

人々には、本能があり、食に対する意識は誰しも持っている。それは学ばされるものではないはずだ。もし、それがないというのなら、それは本能が衰えているということの証左だ。つまり各個人が、食に対する、どういう問題意識を持つかが大切なのだ。

さて、ここでは、その問題は措いておいて、参考までに『食養訓六訓』を挙げておこう。これらは貝原益軒の『養生訓』を参考にしたものと云われる。彼の書にしても、過去の多くの経験知がまとめられたものと言えよう。ただ、以下のことが正しいかどうか、自分で確認して欲しい。

一、粗食にすること。

最近は、食が全般的に贅沢になり、それが却って身体を蝕んでいる。特に若い時の食生活は、身体をよく動かして、粗食が望ましいと云われる。そしてアルカリ食品を多めにして、酸性食品を少なめに。

二、旬の物を食べること。

季節のものを食べれば、健康にいいとされる。逆に、その季節にとれない食物は摂取しない方がいいとされる。

三、多様な物を組み合わせて食べること

これは科学的にも、裏付けが取れているようだ。ある学者は、健康情報で、確かなことは、このことだけと指摘している。

四、味付けを薄くし、素材を味わう料理にすること

味付けを薄くするか、濃くするかは、環境による考え方の問題。ただ、塩分や糖分を多く摂取することは悪いと云われている。素材そのものを味わうのがいいだろうということは、本能的にはわかる。

五、よく噛んで味わうこと。噛む回数は多いほどよい。

確かに、長寿者は、よく噛むようだ。これで免疫力が高まるというのは、どうもそうらしい。

六、腹八分目。食べ過ぎない。

常に、若干お腹が空いた状態が望ましいと云う。何でも余裕が大切ということのようだ。あまり詰め込みすぎると、胃腸がきちんと活動できない。

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2008年4月 6日 (日)

常備野菜と規格外の野菜

子供の頃、煎餅屋に勤めていた親類から、割れ煎餅をたくさんもらって、嬉しかったことを思い出す。煎餅等は製造過程で、どうしても割れが出る。そうした物は、売り物にならないので、安く処分される。それは最近でも、同じ様なことが行われており、自家用には、入手できれば、そのようにしている。

さて、スーパーなどに行くと、本当に、皆さん、店屋物の購買が多いですね。野菜を買うのは、高齢のお婆さんばかり。その他の女性は、あまり野菜を買っていない。彼女の家族の食生活は貧しいようだ。添加物いっぱいの食品ばかり食べてどうするんだろうね。

流風は、野菜の常備がほぼ決まっている。もちろん、季節により採れないものもあり、一年を通じてというわけにもいかない場合もある。皆さんは、どのようだろうか。一応、常備野菜を挙げてみる。もちろん、昔から全て国産のみである。

ⅰ 根菜類

ジャガイモ、タマネギ、大根、人参、レンコン、小芋、山の芋(または長いも)、ゴボウ、サツマイモ、生姜、ニンニク

ⅱ 青菜類等

白菜、キャベツ、白ネギ、ホウレンソウ、小松菜、モヤシ。時々チンゲンサイや春菊も。

ⅲ その他

きのこ類

ⅳ 季節物

ピーマン、トマト、キュウリは基本的に暖かい季節に地物を買う。冬には買わない。同様に、ナンキン、ナス、ブロッコリーも季節外には、あまり買わない。

これらは、主として、百貨店やスーパーで買い求めるが、時々、地域農産物直売の催しがあるので、そういう場合も、買い求める。そういうところでは、流通に乗らない規格外の農産物が格安で売られている。

農業者にとっても本来なら処分してしまうのが、お金になるのだから、お互いにメリットがある。少しぐらい曲がった大根でも、調理すれば、同じ大根。葉物などは、どこが規格外と思うようなものだ。

都市生活者と農業者の交流がもっと身近になればと思う。それにしても、そこの奥さん、流風が野菜をいっぱい買っているのを物珍しそうに、じろじろ見るのは止めにしてくれるかい。店屋物ばかり買い求めている、あんたより、内容のある食生活を送っているんだから。

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2008年4月 4日 (金)

ひなたぼっこ

子供の頃、春先に、緩い太陽の光を浴びながら、土手の草の上に、寝転がっていた。俗に言う、ひなたぼっこだ。一人のこともあったし、友達と一緒の時もあった。時々、母とお弁当。それにしても、あれは、何とも言えない心地よさだった。目を瞑ると、日が赤く見える。子供が太陽を赤く描くのは、そういうことだろうか。

先日の報道では、京大の研究によると、妊婦が妊娠期間が日照時間の短い時期にあたると、子供はビタミンDが不足して、骨が柔らかくなると発表していた。4月、5月生まれは要注意だそうだ。

しっかりした骨にするには、魚介類やきのこ類の摂取もいいが、血中のコレステロールが太陽に当たる事によって、ビタミンDが生成されるので、妊娠中は、ひなたぼっこは、いいらしい。そして生まれてきた新生児にも、望まれるということだ。やっぱり気持ちのよいことは、身体にいいのだろう。

流風としては、今でも、休みに、ひなたぼっこして、ぼっーとしているのが好きだ。決して、呆けてるわけではないよ(笑)。でも、比較的のほほん人生だったかもしれない。それなりに、いろんな苦労もあったけれど。

さて、少し寒い日が続いたので、桜も寿命が延びたようだ。桜を見ながら、ひなたぼっこしましょうか。この季節の太陽は優しい。と思ったら、柏餅が食べたくなった。いや桜餅の方がいいか。やはり花より団子だ(笑)。

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2008年3月27日 (木)

グルメの味がわかる人

テレビを視ると、グルメ番組が多いのには、辟易とする。レポーターが、取材して、大体、限られた言葉で料理の味を表現するが、これが仮に、巧みな表現でも、視聴者は実際食べてみないと、その味はわからない。このようなつまらない番組が、続いてることに不思議な感覚がある。

またレポーターがどれくらいグルメの味を判断できるかも不明だ。随分といい加減なことを言っているような気もする。訪問先で、まさか、まずいとは言えないだろうし。

ところで、歴史的にも面白い話がある。田舎者の織田信長は、グルメ音痴だったと伝えられる。それは、彼が滅ぼした三好の残党を捕まえたとき、その中に京の料理に通じた者がいた。そこで、彼が作る京料理が美味しければ、助けてやろうということになった。

そこで料理をつくり、信長に食べさすが、彼はまずいと激怒した。それを何とかとりなし、再度料理を作る機会を与えられた彼は、今度は京料理ではなくて、少し味の落ちる田舎料理に近い物を出すと、信長は満足そうに食べ、彼は命を永らえ、信長の料理人として全うしたということである。しかし、その料理人は、信長を腹の中で田舎者め、と思いながら、仕えたらしい。

このように、グルメのわかる人は限られる。もちろん、グルメというのは地域性や嗜好の問題もある。グルメが全ての人に受け入れられることはないだろう。

それに日本人の言うグルメは、あくまで日本人的味覚での解釈の結果だ。多くの海外料理も、日本人の口に合うように、ほとんどが作り直されているではないか。

こう考えると、信長も、グルメ音痴と決め付けるのも、可哀想な気がする。信長をあざ笑った、あの料理人も、京都人にありがちな考え方の持ち主だったと言えなくもない。

また戦後の味の濃い西洋料理に馴らされた世代は、味覚が麻痺していると言われ、料理を味わう感覚が失われているという。

それに比べて、戦前の素朴な家庭料理を食していた人は、味覚が研ぎ澄まされていたから、料理の微妙な味もわかるとされる。粗食というものから程遠い時代に、果たして、どれくらいグルメの味がわかる人がいるのだろう。

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2008年3月17日 (月)

花粉症とレンコン

今年は花粉が多いようである。昨年は、少なかったせいか、花粉症はそんなに感じなかった。今年も、今のところ、そんなに感じない。しかし、花粉症の恐怖はある。以前、花粉症にかかった時は、ティッシュペーパーがあっという間になくなり、鼻が赤くなり、辛い目をした。

それ以後、レンコンの食を勧められ、比較的軽い症状で済んでいる。レンコンの料理といっても、お節同様、煮汁で炊くだけであるが、これが結構いいようだ。もともとレンコンは、咳止めとしても活用されてきた歴史がある。何かよい成分が含まれているのだろう。

また先日、テレビを見ていたら、レンコンとキムチの組み合わせがいいと言っていたが、キムチは苦手だから、まだ試していない。もし、花粉症がひどくなるようなら、試してみますか。

*追記

花粉症の原因は、いろいろ言われるが、父は油物の摂取が多いと、そういう体質になるのではと言っていた。あくまでも仮説であるが、そんな感じもする。父は、肉類は嫌いで、魚料理と野菜の煮た物が好きだったからか、花粉症と無縁だった。それに対して、肉やフライ物の好きな母は、花粉症でずっと苦しんでいた。

それでいくと、上記のレンコンも花粉症対策には、揚げ物にはしない方がいいかもしれない。

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2008年3月 1日 (土)

ごはんのまつり

寒い寒いと言っていたのに、もう3月だ。少しは暖かくなったような気もするが、実感としてはまだ寒い。出かけるのも、少しうっとうしい。来週ぐらいからは、温度も上がるのかな。

さて、中国産餃子から発した海外調達食料品の危さは、皆が感じていることだろう。食文化やその品質管理の違う国から、食料品やその加工品を輸入するのはリスクが大きすぎる。

ただ食糧や食品調達については、マスコミでは大袈裟に取り上げて、中国から農産品やその加工品が入らなくなったら、日本の食は成り立たないなど言っている。どこの業者の提灯を担いでいるのか。別に輸入しなくてもいいではないか。

中国産に限らず、輸入食材を利用しなくても、食に困ることはないだろう。困るのは、それらを何の検査も無く、輸入して儲けていた業者であり、それを利用して儲けていた外食産業だけだろう。

私達は、日本の食生活を見直せば、別に困ることも無い。流風など、輸入食材などほとんど利用することも無い。その季節に取れる大量の農産物を調理すれば、安くつく。調理内容も、あまり複雑なものにせず、日本本来の素材のよさを活かす調理法にすれば、問題は無い。だから、そんなに騒ぐことのことのほどでもない。冬に夏の食材を利用しようとするから無理が来るのだ。

人間の身体は、季節に取れるものを食べれば、健康にもいいことがわかっている。季節外の食品を摂取すれば、健康を害することもわかっている。今まで、季節感のない食事をしてきたから、日本の食卓がおかしくなり、昔なら考えられない病気になったりするのだ。

ところで、タイミングよく、三食御飯の流風としては、関心のある催しがある。それは六甲アイランドファッションマートで行われる『ゴーゴーご組 春の文化祭「ごはんのまつり」』だ。御飯に関するいろんな催しがあるらしい。開催日は、3月8日・9日の2日間(10:00~16:00)。入場無料。御飯とその周辺食材や兵庫県下の地産地消の食材も展示され、試食もできるらしい。御飯のよさを感じるために、散歩がてら、覗いてみますか。

*ごはんのまつり

  http://gokumi.com/contents/festival/index.html

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2008年2月26日 (火)

患者自らが“医師”

医師不足とか医療費の問題があるが、本来、病は、自ら治すものだ。医師の手を借りなくても済むような状態を保ちたいものだ。もちろん、それが過ぎて、手遅れになったら元も子もないが。以下のことは、流風の実体験の反省から、まとめてみた。

医療貧乏という言葉がある。病気になって、医療機関の面倒になれば、日本のような保険体制の充実した国でも、薬とかも含めて無駄なお金がかかる。それに、病気の間は、それだけ時間を浪費することになる。時間とお金をケチるためにも、病気にならないようにするため、予防にお金をかけることは、むしろ理に適っている。

そして、大事なことは、前にも触れたが、心を正すことだ。心の状態に応じて、常に真中に持ってこれる方法も知っておく必要がある。すなわち、世間で生きていれば、色々なことが起こり、心が偏った状態になる。それを元に戻す方法を知っておけば楽だ。つまり起き上がりこぼしのような状態にできることが大切だ。

例えば、心がハイの時は、一人静かに心を鎮める必要があるだろう。それは熱いお茶をゆっくりと飲んだり、読書をすることかもしれない。憂鬱な時は、交友を通じて憂さを晴らすことも大切だ。但し、酒の飲みすぎは、よくないが。

病気にならないようにするには、自らが自らの“医師”と思って、自己をコントロールすることが肝要ということだろう。

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2008年2月18日 (月)

ガスファンヒーターは大丈夫か

二年前に、ガスストーブを買い替えた。長く使っていた赤外線ガスストーブが寿命に近づいてきたからだ。基本的に、オール電化はせず、多様な熱源を持つようにしている。一つの熱源に集中するのは、リスクが高いからだ。さすがに子供の頃のように、焚き木をしたり、薪で風呂を沸かすことはしないが、非常時に備えて、小さい火鉢は一応準備している。

ところで、買い替えたガスストーブは、ガスファンヒーターにしたのだが、売り場に赤外線タイプがなかったから、止む無く購入した。売り場の人によると、温度が上がり過ぎないように調整できて、省エネに役立つということだった。そういうことなら、流風としても、少しでも地球温暖化に貢献できるのかなと思った。大きいタイプは、ガス会社製で下請けは大手電機メーカー、小さい方はガス器具専門メーカー製だった。

しかし、昨冬は、そんなに寒くなく、あまり使用することもなかった。今年は寒い冬なので、期待したのだが、どうも使い勝手が悪い。フィルターはすぐに目詰まりして、掃除しなければならないし、換気も赤外線ガスストーブに比べると、頻繁にしないといけない。ところが、ちゃんとしていても気分が悪くなるのだ。もちろんガスホースとの勘合状態も問題はなかった。それは2台ともだ。

これはやばいと思い、まだ何とか使える赤外線ガスストーブを押入れから、出してきて、再利用している。そうすると、何の問題もない。これはどうしたことか。いろんな機能を持つのはいいが、健康に害をもたらすのであれば問題だ。それとも、これは流風だけの問題だろうか。

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2008年2月12日 (火)

枕に左右される

枕と言えば、「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く」、で始まる『枕草子』の枕は、後書きに「枕にこそは侍らめ」と清少納言が言ったことからと自ら匂わしている。自分の書いた物は、せいぜい仕える宮の枕になる程度のものですよ、と謙遜して言ったのだろう。

そのほかには、男女の仲になれば、枕を交わすとも言う。最近は、あまり使われないようだ。恋愛小説でも、あまり直截な言葉を使わずに、このような表現も使われていいのではないか。文学でも、女性と同じで、見えそうで見えない魅力は増すはずである。

さて、少し寒さが和らいできたが、寒い間はなかなか眠られず、枕を替えてみたのだが、余り効果はなかった。結局、電気敷き毛布を利用して、それは解決した。そして、枕は元の物に戻した。

そば殻の割とぎっしり詰まった枕を使っていたのだが、それを柔らかい枕にした所、どうも違和感があり寝にくい。よく枕で安眠とはよく聞くが、確かにそうかもしれない。自分に合う枕はあるのだろう。

旅行でホテル等に泊まって枕が替わっても、寝つきのよい流風は確かに眠れるのだが、どうも睡眠が浅いようである。旅行に行ってリフレッシュしたつもりが、かえって疲れるのは、そういうことが影響しているのかもしれない。最近は、マイ枕を持参して旅行される女性もあるようだ。

真にリフレッシュしたいのなら、それは正解かもしれない。旅行疲れで、帰宅後、睡眠し直すというのは、どこかおかしい。今の枕の予備を作って、これからは旅行するとしますか。そうすれば、枕を高くして眠れる(笑)。

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2008年2月 2日 (土)

美味しい山の芋

手頃な価格で丹波産の山の芋が入手できたので、料理して頂いた。ただ料理と言っても、下ろし金で摺って、その上に、山葵と鰹節を乗せて、ポン酢しょうゆをかけてみただけだが、非常に美味しい。

また、山の芋は長いもと違い、粘りが物凄くある。摺るのは、長いもと比べて少し大変だが、この粘っこい食感は何とも言えない。それに、小芋、大根、金時人参、揚げを出汁と酒と醤油で煮た物と、豆腐の味噌汁、御飯二膳と大満足。

山の芋は、昔から、精をつけるので喜ばれる。冬は、牡蠣と共に精をつけるのによい。同じく精をつけるものとして代表的なニンニクやニラなどのように匂わないのが助かる。人に会う場合は、これらはどうしても憚られる。ニンニクには、匂わないものもあるようだが、あの匂いこそ、ニンニクの特徴だろう。臭いがないのは、種無しの果物同様、少し無理がある。

更に、この山の芋は、肌にもいいらしい。カサついた肌の女性や高齢者には、是非食べてもらいたいものだ。もう一つのメリットは、夕食に食べれば、よく眠れることだろう。こんなにいい食べ物は、あまりないが、ただ、若い人は、精がつきすぎて困るかもしれない(笑)。まあ、普通の家庭では、家族円満、間違いなし(笑)。

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2008年2月 1日 (金)

やっぱり国産

中国産餃子に農薬が含まれていたことで、大騒ぎになっている。流風は、あまり冷凍品は買わないから、現在、冷蔵庫には、買った冷凍品は入っていない。自分で調理した物を入れておく程度だ。

しかし、時々、お惣菜の冷凍加工品を買うことはある。昨年末、これでえらい目にあったことがある。ある大手スーパーの冷凍加工商品(プライベート商品、原産地不明)を食べた後、具合が悪くなったのだ。何とも形容しがたい感じだった。頭がボっーとして、このままあの世に行ってしまうのでは、という感じで、当日は風呂にも入らなかった。

数日して、やっと、回復したが、あの感じは忘れられない。その後、念のため、通院したが、異常は特に見つけられなかった。実は、この経験は、半年前にも、同様の経験をしている。やはり、あのスーパーの加工食品だった。そのことを忘れて、また買ってしまった失敗だった。最近は、このスーパーに不信感を持って、あまり買い物もしない。

実は、冷凍加工品のみならず、輸入食材についての危険性は十分知っていた。さらに昨年の経済誌『エコノミスト』にも、多くの輸入食材危険リストが掲載されていたので、確証を持った。それによると、今、問題になっている中国製が一番多いが、その他の東南アジアも多い。その他、世界から輸入している食材も危険食材で溢れているのだ。

母は、なぜ皆さん、どんな土壌かわからないところで作物を作り、日本の品質管理していない工場で加工している食材などを調理して食べるのか、いつも不思議そうに言っていた。確かに母の作るものは、国産の野菜や肉、魚がほとんどだった。いつも、そういうものの安全性については、若い頃から、十分配慮していたようだ。

中食産業も、外食産業も、大手は、こういう冷凍加工食材を使っていることだろう。しかし、早く日本産に切り替えないと、ビジネス的には難しくなっていくように思う。すでに、国内でも偽装の問題があり、外食産業や食品産業には不信感が募っている。業界は、ビジネスのやり方の変革を求められていると言って過言ではないだろう。

そして、消費者は、あまりにも手抜きな簡便な料理をするのではなくて、自分で調理することをもっと心掛けるべきだろう。あるいは、それなりのコストを負担して国産の食材で加工している業者を選択すべきだろう。

また、国は、いつまでも業者の方向で行政をするのではなくて、消費者の方に顔を向けて行政をするべきだ。すなわち食品製造責任法(PL法)を制定すべきだ。基本的に国内の製造業者及び海外産の輸入業者に厳しく責任を負わせるべきだ。そうしないと、今後も、同様な事件は十分起こりうる。今までは表面化しなかっただけのことだ。

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2008年1月10日 (木)

米粉パンを食べる

最近、米粉パンが注目されている。本来、お米の消費が年々、減っているのに対して、新しい需要開発のために、作られたもののようだ。

ところが、これが意外にも、アトピーとかアレルギーを持っている方には、朗報らしく、米粉パンだと、症状が出ないらしい(あるいは改善される)。ということで、評価されている。

流風は、そういう症状はないが、(今回が初めてではないけれど)久しぶりに試しに食べてみたが、普通のパンと食感は変わらない。むしろ、もちもちとして、なかなかいけると思う。腹持ちもよさそうだ。最近は、小学校の給食でも出しているらしい。

先日のブログで、「三食御飯」を記載したが、やはり三食御飯だと飽きることもある。そういった時、パンはやはり食べたい。米粉パンの利用もいいかもしれない。

ただ、問題点は、米粉加工コストが高いようだ。最近は、下落傾向にあるそうで、さらに需要が高まれば、さらに下がる可能性も高い。

今、小麦粉が上っている。さらに国内産はともかく、輸入小麦粉は、農薬まみれということもよく聞く。それなら、国産米粉利用のパンの方が安全だ。価格が更に下がれば、需要も増えるだろう。

小さい子供さんや、高齢者、アトピー・アレルギー症状のある方には、米粉パンはお薦めかもしれない。ただ、販売店は、近畿エリアについては、下記に示しておいたが、まだ少ない。しかし、ネットでも、販売されているようなので、近くになければ、とりあえず、そういうものを活用してみるのも、いいかもしれない。

*米粉利用推進のページ

http://www.kinki.maff.go.jp/introduction/syokuryou/syokuryo/site/komeko/komekotop.htm

このホームページの中に、「米粉パン 近畿各府県内米粉パン等販売店一覧表」がある。

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2008年1月 8日 (火)

あゆに贈る、老松と葦の話

あの歌手あゆ(浜崎あゆみさん、あゆと呼ぶほどのファンではない)が、突発性内耳障害で、左耳が聞こえなくなった(回復は不可能と診断されたようだ)と自ら公表されたようだ。

今後、音楽の業界では難しいかもしれない。片耳を失うことは、音感を失うことにつながる。アカペラで歌うのなら、ともかく、バックミュージックに合わせて歌うことは難しいだろう。彼女は、心理的に辛い状況だろう。

さて、話は変わるが、禅語に、老松と葦を比べるものがある(*注1)。この話を彼女に贈ろう(但し、彼女がマイナーな、このブログを読む可能性は低いが)。

どっしりとした老松が、断崖絶壁の上にあり、葦は、川っ淵にある。老松は、強風が吹いても、びくともしない。しかし、葦は、少し強い風が吹くと、川の水の中につかってしまう。私達は、常々、青々として、強い老松に惹かれる。それに比べて、葦は、冬には枯れてしまうし、弱々しい。

ところが、どうだろう。台風のような嵐になると、山に行くと、倒れているのは、老松の方だ。葦も、もちろん、強風に煽られて、倒れているが、嵐が過ぎ去ると、立ち直っている。それに比べて、老松は倒れたままだ。

よく言われるのが、頑健と言われている人が、ある日病に倒れ、そのまま逝ってしまわれることがある。スポーツ選手が必ずしも、長生きとは限らない。

それに比べて、子供時代、弱い、弱いと言われて、病気がちだった人が、成人して、人より健康に留意した結果、長生きされる場合もある。

このように、人間、何が幸いするか、わからない。「塞翁が馬」という諺があるように、人間の一生は微妙だ。その時々の現象を指して、幸だ不幸だというのは、一面的過ぎると言うことだろう。

また、松竹梅は、めでたいもので、松は、その一番上だ。そして、人々から、観賞用に誉めそやされる存在だ。それに比べて、水辺に自生する葦は、地味な存在だ。しかし、古来、人々の生活に役立ってきた。そういう意味では、一方だけが尊重されるべきものとは思えない。

浜崎あゆみさんは、今までは、老松だった。しかし、これからは、葦として、歩まれることを期待したい。本来、鮎は葦が相応しい(笑)。片耳の聴覚を失ったことは、どうしようもないのなら、それを前提に、新しい世界を築けばいい。

残った右耳を大切にして、無理に頑張らずに、新しい環境で自己を見つめ直し、多くの人々に受け入れられるものを発見して欲しい。そして、周囲も、それを認めてやって欲しい。そのような新しい“あゆ”に期待したいものだ(*注2)。

*注1

この禅語は、鷲見透玄老師(すでに遷化されている)が例えられた。それに基づき、流風が、翻案した。出典は調べていないので不明だ。

*注2

ちなみに、流風は、浜崎あゆみさんについては詳しくは知らない。派手な茶髪と厚化粧で、創られた偶像とはいえ、あまり好きではない。かつて、拙ブログで、彼女が黒髪になった時、取り上げた程度だということを付記しておく。曲は聞いたことはあるが、全く覚えていない。でも、これから、新しい分野に踏み込むなら、応援の意味で、ファンになろうかな。

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2008年1月 4日 (金)

今年のお節と体重

今年は、少し張り込んで、豪華お節にしてのだが、確かに見かけはいい。また肉類も少なく、そんなに問題があるようには見えなかったが、体重は、昨年と比して、かなり増えてしまった(苦笑)。お雑煮も、今年は、そんなに食べていない。困ったことだ。

昨年は、自分で作った昔ながらの田舎お節だったのだが、毎日、かなりの量を食べたし、お雑煮も、たくさん頂いた。だが、体重は増えるどころか、減っていた。寝正月だったのに。

体調のこともあるのだろうが、ちょっと今年は問題だ。確かに、昨年は、体重が減り続けたので、反動とも考えられるが、急激な反動は、却って体が辛い。

本日からは、お節を脱して、健康的な?食生活に戻ろう。やっぱり、流風には、田舎お節が良さそうだ。無駄な出費も抑えられるし(笑)。

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2007年12月23日 (日)

三食御飯

最近、お米を買う量が増えている。何と言っても、お米は野菜なのだ!それにヘルシーライフを送りたいのなら、噛まざるをえないお米は確かにいい。パンのように流し込む食品は、ボケを増やすとも言われる。

もっと広い意味では、お米を食べることは、世界の飢えを軽減できる。パンのように二次加工すれば、人が食べられる量が減ることは知られている。

と、いきなり大上段に構えてしまったが、一時、健康のためにと思って、パン食を三食に一回程度、摂っていたのだが、どうも菓子パン類が増えて、健康にあまり良くないようなので、買うのを週1,2回に減らしているのだ。それに小麦粉の値段が上がり、パンの価格も上がり気味なのだ。

そういうことで、御飯を食べる回数が、ここんとこ増えている。そうすると、この一年、体重が減り続けていたのが、持ち直して、やや増えつつある。メタボリック症候群が話題になったが、やや太り気味のほうが体調は良さそうだ。

大体、一回に食べる量は、一合ぐらいだが、医者からは、年齢から考えて食べすぎだと注意を受けるが、一合ぐらい食べないと、食べた気がしない。さすがに昼食だけは、軽く摂ることにしている。

そして、お米は、最近、購入するのは、一応、地産地消ということで、ほとんど兵庫県産米である。県内のいろんな地域のものを購入するが、丹波産が多いかもしれない。

ある地域スーパーから購入している。美味しい方だと思う。しかし、同じ丹波産米でも、全国展開しているスーパーで販売されているのは、微妙に味が異なり、そんなに美味しくない。

同じ地域で生産しても、味が異なるのは、作り方が違うのかもしれない。また土壌が違うのかもしれない。農産物は微妙である。

ただ、地域スーパーまでは比較的遠いので、買いに行くのが億劫だ。配達もしてくれないし。近所の米屋では扱っていないという。一番いいのは、近所の米屋が扱ってくれるのがいいのだが、あまりいろいろ扱えないと言う。さて、今後、どうしよう。

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2007年12月20日 (木)

薬害問題を考える

罹った病気からは助かりたい。死から逃れたいが、ある薬を飲めば副作用で将来苦しむことが明らかな時、私達は、どのように判断するのだろうか。そういう立場になった時、あなたは、どのような選択をすべきなのか。

最近、薬害問題で、騒がれている。患者の方たちは、大変なことだろう。いろんな立場で見解が違うのだろうが、何とか国の方で救済してもらいたいものだ。厚生労働省の問題は、他国では使用禁止になっていたのに、承認したことだろう。彼らは患者側に立った発想をしてこなかったことが、大問題になっている原因の可能性が高い。

ただ、この問題は、放置すれば、あらゆる薬害を無制限に救済しなければならないようになる。仮に当局が悪意がなく、承認しても、薬の副作用が絶対にないとは言い切れないだろう。そのようなことに、全て救済するのは、大変なお金がかかる。それを税金を使って賄うとすれば、一般国民の負担は増大する。

この問題の根本は、薬というものを皆(薬品メーカー、国、医療機関、医師、患者)がどう考えるかということである。全ての薬に副作用があると言って言い過ぎではないだろう。もし副作用がないとしたら、それはせいぜい偽薬ぐらいのもだろう。

副作用のない薬はない。特に西洋薬は、特効性が強く、副作用が強い。高齢者に好まれる漢方薬も、効きが緩いから、一気に副作用が出ることはないが、長期服用すれば副作用がないわけではない。漢方薬の素人処方は危険といわれている。

ただ副作用がいつ出るかは、個人差もあり、いつ出てくるかわからない。もちろん、ある人には出て、ある人には出ないということもある。そして、副作用は、すぐに現れるものと、相当の時間を経て現れるものがある。薬が出た頃には、副作用がないものと思っていたのに、後で、副作用が生じることもあるだろう。

それでは、全ての薬に副作用があるものとして、全ての人が薬を服用しているかどうか。薬を簡単に処方してしまう医療サイドの問題もあるが、何の疑問もなく薬を服用してしまう患者側も、薬に関して認識を改める必要がある。

もう一度、薬は薬であると同時に毒であるということを再認識しなければならない、ということを今回の薬害問題は、我々一般人に、薬に対する処し方を迫っているのかもしれない。

*平成19年12月26日追記

福田首相が、薬害問題に関して、国の責任を認めて謝罪されたことは、評価したい。ただ厚生労働省に対する批判は止まないが、難しい問題であることは事実だ。マスコミは、もっと丁寧にこの問題を扱ってもらいたい。薬品会社、新薬、国の承認、副作用、患者の意向などの複雑に絡みあったことをいかに整理し、国民の認識とするか、ということだ。単に国を攻撃しても、何も生まれない。

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2007年12月17日 (月)

牡蠣の季節

牡蠣が美味しい季節になってきた。生も美味しいが、土手鍋か、牡蠣御飯、牡蠣フライにして食べる。昔は、こんな簡単な料理でも、なかなかうまく行かなかったが、最近は、いろいろなネットレシピを参考にしているので、美味しくできるようになった。

日頃、ネットの恩恵は、そんなに感じないが、ネットレシピは、わからなくなったら、すぐ調べられるので便利だ。料理本から、探すのは結構手間だからだ。

さて、今年は、いつもの広島産と違って、相生産(兵庫県)を初めて購入してみた。粒の大きさも同じ様なものだ。それを使って、今回は、牡蠣御飯を作ってみた。

牡蠣に塩を振り、軽く洗って、水切りする。後は、少し酒としょうゆで軽く煮て、米を洗って、だしと煮汁を入れて、牡蠣を乗せ炊くだけの簡単なものだが、美味しくできた。後は、大根と人参と揚げの味噌汁に、漬物少し。

牡蠣御飯は、子供からの大好物だが、父は軍隊で牡蠣を食べて、お腹を壊し、もともと胃腸の強くない父は一生苦しんだ。多分、古い牡蠣だったのだろう。それゆえ、牡蠣御飯は、子供時代は、そんなに度々は食べられなかった。父が食べないものを、母がそんなに料理できなかったわけだ。

貝類は、牡蠣に限らず、古くなるとこわい物だが、最近は新鮮なものが市場に出ており、そんな心配もなさそうだ。でも、偽装の心配もあるか。最近の風潮、いやだなあ。ただし、今回は、美味しく頂き、胃腸の方も大丈夫。これが当たり前であって欲しい。

少し食べ過ぎたが、また作ってみよう。次回は、レシピを研究して、違う味わいのものを作ってみるか。

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2007年12月16日 (日)

睡眠と健康

先日、市役所で何となく手にした、あるパンフレット(*参照)を読んでいると、「7,8時間眠る人が一番長生きし、がん・心臓病・脳梗塞などの病気が少ない」と記されていた。

ありゃりゃ、流風は、ここ十年位前から、そんなに睡眠を取っていない。そういうと、確かに、その頃から、体調の変動が激しいかもしれない。いい時と悪い時が交互に出る。しかし、健康診断だけでは、そんなに異常は出ない。

だが病というものは、ある日、突然出てくるのだろう。睡眠時間をもう少し取るべきなのかな。熟睡すれば、それでいいと思っていたので、認識を新たにさせられた。もちろん、体質差はあり、5,6時間の短眠型、9,10時間の長眠型もあるので、一概に言えないのだが。

その他の記事も若干転記しておこう。

ⅰ 睡眠医学の研究で、寝不足は子供でも肥満、集中困難(学力低下)、切れやすさなどをもたらす。

子供の夜更かしが問題になっているが、確かに近所の小さい子供さんの声が深夜まで聞こえることがある。これは、将来、不登校や引きこもりを引き起こす。子供に躾できない親の責任は重い。

流風の子供の頃は、学校に上がる前は、7時に就寝、学校に上がってからも、8時に就寝だった。高校に入ってからも、9時くらいに寝ていたように思う。ただ、社会人になって、友人と夜更かしするのが非常に辛かったことを覚えている(笑)。

ⅱ 寝不足は、大人では、心筋梗塞(2倍)、頭痛(3倍)、うつ病(4倍)、アルコール・薬物依存症(数倍)、生活習慣病(肥満、高血圧、糖尿病など)を増やす。

う~ん、ちょっと、流風も危険性があるかもしれない。もう少し、睡眠を取るよう心掛けよう。ただ寝すぎるのも悪いというし。目が覚めれば、起きよという先人の教えも無視できないし、選択に迷うところだ。

*参照

『どんまい 第12号』 (神戸市こころの健康センター)

                              「寝不足すると病気になる!」(大西道生)

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2007年12月 9日 (日)

患者が増えすぎる?

自覚症状を感じない病気があるそうだが、大半は、本人が少し変と感じた時点で、異常があるのだろう。それを見過ごすことで、大事に至ることはある。そこで、普段の生活改善として、習慣を改めようと様々な対策がなされている。そして、個人レベルでの健康診断がまず求められる。

そのような状況下、日本人間ドック学会が、国が定めた特定検診・保健指導制度(40歳から74歳対象)で、医療機関の受診を勧める「受診勧奨判定値」に異論を唱えたそうだ。確かに、最近の基準は、年々厳しくなっており、患者を増やす方便に使われているのではないか、という疑いは常々持たれていた。

人々の体調は、判定値だけで決められるものではない。当然の如く、個人差はある。確かに傾向値としては、確認できても、全ての人に適用できるわけでもない。むしろ、検査データを見て、悲観的になる高齢者も多いことだろう。検査データを気にしすぎて、病気になっては、元も子もない。

大体、歳を重ねれば、身体機能が劣化するのは仕方ない。そのことを悲観的に考えても、どうしようもない。だから、高齢者は、健康診断を受けるのも、良し悪しであるという人もいる。まあ、これは言いすぎだと思うが、基本的な検査に留めるべきとは思う。血液検査とかはともかく、バリウムなどを飲むのは、逆にリスクが高いといわれる。

そして、高齢者は、データの結果に、あまり左右されず、自分自身の行き方を貫くべきだろう。このように厳しい受診勧奨判定値は、高齢者には、あまり望ましくないものだ。そういう意味では、日本人間ドック学会の指摘は、問題点を突いている(もっとも、彼らの本音は医療の需給バランスの崩れを心配してのことだろうが)。

ただ、若い人たちには、判定基準を緩めるのが、いいのかどうかわからない。できれば、年代ごとの判定基準を示してもらいたいものだ。また高齢者予備軍の流風として、個々の基準もよいが、総合判定をどのようにするのか少し興味がある。

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2007年12月 8日 (土)

今年のりんご

比較的、果物が好きな流風は、バナナを除けば、国内産を購入する。その中で、りんごは、よく食べる果物だ。特に、長野のりんごは絶品だ。長野のりんごの食感は特別だ。

かつて、子供の頃、りんご好きの伯母から、長野のりんごを頂いたのが、最初だが、なんと美味しいりんごがあるものだと感心したものだ。それから、長野のりんごのファンになった。

ただ、毎年、入手には苦労している。あまり流通していないのだ。生産量が少ないのかもしれない。今年は、長野のりんごを、まだ味わっていない。理由は、たまたま店頭で見つけても価格が高いからだ。

今年は、例年より、長野のりんごが市場に出るのが遅い上に、非常に高額だから、正直驚いている。どうしてか考えてみたが、やはり原油高騰の影響があるのかもしれない。

やむなく、青森やその他のりんごを購入している。もちろん、それらが美味しくないという事ではない。こういうことなら、伯母がやっていたように、いずれ長野の生産農家と直接コンタクトを持つようにすべきかもしれない。来年、長野に旅行がてら探してみるとするか。

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2007年12月 4日 (火)

ユズ風呂

この時期になると、比較的多くのユズを分けてもらえる。ユズを色々加工して、飲用にするのもいいが、流風は、それを風呂に浮かべて、楽しむ。だから、しばらくは、入浴剤は不要だ。

ユズを熱湯で柔らかくして、風呂を沸かして、ユズを手で潰すと、中の果汁が出てくるので、お湯に混ぜる。そして、残りの皮全体も、風呂に浮かべる。もちろん、果汁を出した時にできる隙間から、お湯が染み込むので、沈んでしまう場合もあるが。

この風呂に入ると、入浴剤を使う場合より、肌がすべすべになる。美容に熱心な女性が好きなはずだ。男としては、老人性のかゆみを防ぐ効果もあるので、高齢者の方は、是非試してもらいたい。

関西は、急に寒くなったので、早くユズ風呂に入りたいものだ。入った後は、ぽっかぽか。ユズを督促してみよう(笑)。

*追記

一般的には、ユズ湯と言っているが、敢えて、ここでは、ユズ風呂と表記してみた。ただユズ湯としたほうが品があるのは、確かだ。

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2007年12月 1日 (土)

お茶と急須

幼い頃、外出する時、母が、夏は麦必ず茶を水筒に入れて持たされ、冬は、ほうじ茶を同じく水筒に入れて持たされた。肩にかけていて、咽喉が渇いたら、いつも飲んでいた。時々、飲み干すと、近所のおばさんに頼んで、入れてもらっていたこともある。

それほどに、家庭でいれるお茶は身近なものだった。だから、大きくなっても、若い時から、お茶は好きで、わざわざ京都には、観光がてら、よく買いに行った。主に一保堂とか、辻利だったと思う。その他にも、いろんな茶店に行き、試飲もさせてもらった。そして、比較的安いものを買い求め、自宅で急須で、お茶を入れて、頂いた。すると、気分が爽快になったものだ。

ところが、最近、急須のない家庭が増えているらしい。急須でお茶をいれる精神的ゆとりも失われているのだろうか。それとも、ペットボトルの「お茶まがい」のものを飲むことで済まして満足しているのだろうか。

流風は、ペットボトルのお茶は苦手だ。全く飲まないということではない。外出した時、止む無く、ペットボトルのお茶で済ますこともある。しかし、本当のお茶と違って妙な味がする。積極的に飲みたい代物ではない。あれは、お茶以外の成分が含まれており、「お茶まがい」というのは、そのことを指している。

やはり、お茶は、自分で急須でいれるほうが、美味しく頂ける。さすがに、最近は、近所の茶店から購入している。わざわざ京都まで買い求めに行かなくても、どれもいい味だ。農薬を減らし、生産にも、工夫しているようだ。

これを急須で、熱いお茶をゆっくり飲むと、やはり本当にほっとする。また茶葉の量と湯温のバランスで、色々な味が楽しめる。マニュアルには、一番美味しい方法が記されているが、自分の好きな味を探すのも面白い。

別に、茶道を習う気はないが、お茶の時間を味わう精神性は、自分ひとりでも、味わうことができる。そのために、家庭で急須ぐらいは持って欲しい。そして、できれば、各個人が、マイ急須を持つようにしたらどうだろう。

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2007年11月23日 (金)

温暖化の影響?

今年のみかんは、例年より甘いと思う。毎年、和歌山県の有田みかんを買うのだが、いつもの年より甘いと思う。甘さが強い。また、有田みかんは、「女みかん」と言われるほど、皮が柔らかいが、今年は、比較的しっかりしている。他の県のみかんほど、剥きにくい固い皮ではないが、いつもと少し違う。

理由は、何かと考えたが、暑い夏が続いた温暖化の影響かもしれない。いいような悪いような。みかんは、確かにいつもより美味しいのだが。

そういうと、今年の新米が、例年より美味しく感じられない。流風の体調の変化もあるかもしれないが、いくら炊き方を工夫しても、新米の美味しさが感じられない。いつも買う米と場所や品種を変えても、そうなのだ。

これも温暖化の影響かもしれない。北海道の米が、美味しいという事で売れているらしい。あまり買わないのだが、今度、買ってみようか。

*平成19年11月27日追記

やっと地元産で美味しい新米が入手できた。近所の米屋さんが、流風がぼやいているのを聞いて届けてくれた。ということは、今まで入手したのは、新米でなかったのか。産地はほぼ同じなのだが。値段もそんなに変わらない。う~ん、わからん。

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2007年11月20日 (火)

ハチミツレモン

例年、この季節になると、ハチミツレモンを作る。無農薬の国産のレモンをたくさん頂くからだ。咽喉の調子が悪いとか、風邪気味の時は、よく飲む。そうすると、幾分かは気分がよくなる。

市販でも、ハチミツレモンは売っているが、国産のレモンが手に入らない時のみ購入している。しかし、手作りのハチミツレモンの方が断然美味しい。

レモンを半分に切り、十分に絞りきり、ハチミツを加えて、熱湯を入れてかき回すだけだが(*注)、これが酸味が利いて何とも言えない。両親も好きだったので、その影響があるかもしれない。

もらったレモンの数から行くと、年内は毎日、一杯は飲める勘定になる。もっと、たくさん分けてもらおうかな。別に有償でもいいわけだし。それにしても、しばらく、手作りのハチミツレモンを味わえるのは幸せなことだ。

*注

もちろん、レモンをハチミツに漬けても、それはそれで美味しい。味は、まろやかになる。ただレモンの酸っぱさを味わいたいのなら、レモンの絞り汁に、ハチミツとお湯を入れて味わう方が、はっきりする。

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2007年11月 3日 (土)

ショック!偽装淡路産タマネギ

タマネギは、卵同様、あらゆる料理に欠かせないものだ。ちょっと料理に困った時、タマネギに少し手間をかければ、すぐいろんな料理が出来上がる便利なものだ。ところが、淡路産タマネギについて、中国産を偽装したことが報道されている。兵庫県民としては、非常に恥ずかしいことだ。

一部業者は中国の農家にタマネギの種を提供し、生産指導までしているそうだ。だが農薬を含めた品質指導ができているだろうか。その中国産のタマネギを業者が淡路産と中国産を混ぜたりして販売していたらしい。また関係者によると、20年以上前から、そのようであるとのこと。流風としては、大変ショックだ。

タマネギは、主として淡路産を購入しており、それが中国産なんて、とんでもないことだ。今まで、中国産を食べていたのかと思うと、ぞっとする。淡路島のまともな農家の方は、きちんと対策を打ってくれないと、もう淡路産だけの表記では購入できないことになる。

基本的に、どのように作られているかわからない中国産の野菜は、一切購入しないので、中国産が混じっているとなると、この購買方針に反し、今後は淡路産は購入できなくなるのだ。

別の見方をすれば、これは農業の破綻ということかもしれない。そうしないと食って行けないということだろうか。それとも悪意の業者だけだろうか。報道だと、それだけではないような気がする。

このように、タマネギだけでなく、他の農産物にも、このようなことがあるとすれば、残念なことである。畜産物だけでなく、農業生産物まで偽装され続けていたとすれば、日本の食は極めて危険な状態にあるのだろう。そして、それらは、確実に国民の健康を侵していく。国は放置しておくべきではないだろう。

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2007年11月 1日 (木)

根菜類の季節

この時期になると、根菜類が美味しい季節だ。健康のためにも、今は根菜類の料理がいいようだ。

地元産の見るからに新鮮なレンコンが手に入った。早速、煮物料理してみたが、大変美味しい。薄味だから、レンコンそのものの味がよくわかる。古いレンコンと大きく違う。新米同様、旬の物は美味しい。

サツマイモは先日のブログでも取り上げたので、詳しく記さないが、今年のサツマイモはなかなかいける。

ゴボウも、きんぴらにしたり、煮物にして食べだが、なかなか美味しい。小芋は主として煮物にするのだが、今年は四国産を入手したが、なかなか肌つやがあって宜しい。

金時人参は、まだ入手していないが、流風の好物。炒め物にしても、煮物にしても、お汁に入れても、洋人参とは全く違う。一年中食べたいが、残念ながら、冬の時期しかない。早く市場に出てこないかなあ。

そう思っていると、御飯もパクパク食べるせいか、体重も若干増えてきた。本年は、いろいろストレスがあり、体重が、年初からずっと減っていたのだ。さあ、これから食うぞ。

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2007年10月19日 (金)

正しい心と健康

子供の頃、小さい嘘をつくが、だんだん矛盾が生じて、嘘に嘘の上塗りしたことは、誰でも経験のあることだろう。当時を振り返れば、小さい胸を痛めたのを思い出す。結局、本当のことを言っていれば、一番楽だったと後悔する。

このように心を痛めることは、健康に影響する。病は気からとはよく言ったもので、心と身体は一体だ。このことは、谷秦山(たに しんざん)も次のように言っているらしい。

 人不善を摘むこと多くして心神鬱悸す。

 医家知らずして却って草根樹皮を以て之を治せんと欲するも難い哉。

彼の言っていることは、「人々は正しいことをせず、自ら心身を病む」ということだろうか。「医師は、そういう患者の状態を把握せずして、いろんな治療を試みて、投薬しても、治すことは難しい」と言っているのだ。

病気を治すには、確かに医師の手を借りなければならないかもしれないが、そのまえに患者自身が心を正さなければ、その回復も難しいということだろう。実際、不治の病の患者が、心を解放して、自由になると、回復することもあるようだ。

実に、人間の身体は不思議だ。健康を保つためには、まず正しい心をもつことが求められるようだ。自ら、病を抱え込むことになるような考えは慎みたいものだ。

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2007年10月17日 (水)

サツマイモの収穫

この夏に、スーパーで買ったサツマイモを放置していたら、芽が出てきたので、庭に植えておいたら、葉が繁茂し、ついに収穫した。といっても、元の芋が1本なので、5~6個の収穫であった。

早速、料理しようと思ったが、焼き芋は時間がかかるし、道具もない。そこで、子供時代のおやつとして、母親が作ってくれたやり方で試してみた。

すなわち、輪切りにして、フライパンで焼く方法である。これなら簡単。両面をほどよく焼くと出来上がり。ちょっと甘みは足りないが、サツマイモの味だ。

このやり方だけでは、物足りないので、次に蒸してみた。塩を少し振って、15分ほど蒸すと出来上がり。これは塩が利いてなかなか美味しい。

残りは、ピーマンと揚げを入れて、味噌汁にでもしますか。ビタミンCが豊富で健康にもよいといわれる。しかし、戦後の食糧難を経験している方々は、芋のつるも食べたとかで、あまり好きでない人もいるらしい。

健康どころではない時代に生きた人々と比べて、私達は、もっと食べ物を大事にしなければ、と思いつつ、屁の方がが心配。

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2007年10月 1日 (月)

足袋と羽織

昔は、女遊びをするのに、羽織を羽織って出かけたようだが、誰でも羽織を持っていたわけではない。若旦那と一緒に遊びに行くため、羽織を借りるのに、親方のところに行って、色々言い訳をする落語が、『羽織の遊び』だ。

そういうと、父は、会社から帰ってくると、必ず、靴下を脱いで足袋に履き替え、服を脱いで、羽織(*注 参照)に着替えていた。もちろん、靴の代わりに下駄で移動していた。別に遊びに行く目的ではなそうだったが。

子供の頃、理由を聞くと、「洋服や靴は締め付けられるようで辛い。しかし、足袋を履いたり、羽織を羽織ると、気分が不思議と落ち着く」と言っていた。

当時は、そんなものかなと思っていて、今、振り返ると、確かにそんな気がする。ステテコいっちょうで家の中をうろうろしていると、母からお小言を頂戴していたようだが、この気楽なスタイルは、心地よい。足袋や羽織も同じ事のなのだろう。

服装も、心身に影響を与える。すなわち、身体と心の自由度が保たれる、これらの服装こそ、男のファッションの理想かもしれないと思う今日この頃である。

*注

正確には、羽織ではなくて、丹前だったと思う。

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2007年8月 5日 (日)

甘さ控えめ

菓子業界では、甘さ控えめが主流になっていると思う。食材そのものに含まれる甘さで、すでに十分なのに、更に砂糖を追加して、甘すぎる物を作っても、消費者には支持されないことがわかったからだろう。

だが、時々、甘すぎる場面に遭遇する。先日、と言っても少し前だが、ある大手のバーガーショップで、ココアを頼んだのだが、異常に甘すぎた。とても飲める代物ではなかった。このバーガーチェーンの企画担当者はどんな味覚の持ち主なのだろうか。他のメニューも推して知るべしだろう。

常識では考えられない甘さだった。結局、ひと舐めした後、すぐ退散した。画一的な味覚の追求は止むを得ないとしても、味覚も、品質の一つではないか。その後、そのバーガーシッョプは利用していない。利用する気になれないのだ。

また果汁100%のジュース類も、最近はそれをウリにして、多くの企業から出されているが、ジュースとしては甘すぎる。これらは氷か水で薄めて、ちょうどいいくらいだ。あまり濃度の強いジュースは飲みすぎれば、却って健康を害す危険性がある。消費者が皆、水で薄めて飲んでおれば問題はないが、そのことは説明書きも必要だろう。

もう一つは、キャンデー・アイスクリームの類だろう。全体的に甘すぎる。もっと甘さ控えめのものは作れないものか。こんなに甘いのなら、かき氷でも食べた方がずっとましである。あれなら、自分で作ればトッピングするもので、ある程度調整できる。

健康志向と言われて久しいが、味覚の流れも含めて、業界はもっと研究して欲しいものである。また業界の事情なのかしれないが、砂糖を多く利用する菓子・飲料水等は止めてもらいたい。甘さ控えめが、消費者の意識の流れとして定着していると、業界は再認識して欲しい。

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2007年7月27日 (金)

薬用入浴剤の効用

今年の冬になって、入浴剤や薬用入浴剤を使い始めた。理由は痒み退治だった。冬場に老人性掻痒に悩まされる年齢になったのだ(苦笑)。あ~あ、嫌だねえ。ところが、ところが、風呂に入浴剤を入れて入浴すると、あの痒みは、嘘のようになくなった。よかった。

それだけではない。実は、数年前から、足の裏に疣ができて、いろんな薬を試したり、皮膚科で診てもらったりしたが、一向に良くなる気配はなく、むしろ悪化していた。一時は治療して、ますます悪化する皮膚科の医師を恨んだりしたもんだ。

色々考えた挙句、いろんな入浴剤を試すことにした。そうすると足の裏の疣もいつのまにか完治したのだ。あれだけ悩んだ疣がなくなっている。多分、普通の入浴剤から薬用入浴剤に変えてからだと思うが、いろいろ試しすぎて、どの薬用入浴剤が効いたのかがわからないのが少し残念。多分、あれだと目星はつけているが。

数年悩んだ疣が治って、薬用入浴剤、恐るべしという印象だ。皮膚病で悩んでいる方は、効用に個人差はあるだろうが、案外、薬用入浴剤に解決の糸口が見つかるかもしれない。検討してみてはいかが。

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2007年7月19日 (木)

禁煙飲食店

健康増進法により、禁煙席をきちんと設けている飲食店は増えているものの、まだまだ不十分である。先日も、ある店に入ったところ、禁煙席・喫煙席の区分けもしていない。幸い、煙草を吸う人がいなかったので、難は逃れたが、ひやひやものである。

初めて行く外食店では、なかなかその運営が見えてこない。結局、入ってみないと、禁煙席・喫煙席の区分分けがきちんとできているかわからない。それで、嫌な経験をしたことが何度もある。いかに美味しい店でも、隣で煙草をぷかぷかされると、美味しい料理も台無しだ。

そういう気持ちの人のために、「禁煙スタイル」というサイトでは、禁煙飲食店の紹介をしている。このサイトは実際、まだ具体的に活用したことはないが、ありがたい。今後の参考にしたいと思う。そして禁煙飲食店が更に増えることを期待したい。

* 「禁煙スタイル」のサイト

   http://www.kinen-style.com/

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2007年7月14日 (土)

魚の消費

漁業関係者によると、年々漁獲量が各地で減っているらしい。さらに消費が減っていることもあり、比較的魚を食する者としては少し寂しい。

刺身、にぎり、煮魚、焼き魚、皆、美味しい。ところが、最近の主婦は魚料理をあまりしないらしい。肉の方が安くて料理が簡便だということだ。

確かに、魚の価格は肉に比べて高いかもしれない。だが、いつも肉というのはいただけない。料理の多様性を目指すべきだろう。雑食が健康にいいのはわかっている。バランスが大事だ。

また、魚も魚屋でさばいてもらえば、後は煮たり焼いたりするだけだ。そんなに手間がかかるとは思えない。手間がかかるというのは嘘にしか聞こえない。別の理由があるのだろう。

更に、肉を大量に摂取するより、魚の摂取の方が健康的だ。健康を考えれば、価格や料理の簡便さで決めてよいものか。

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2007年6月23日 (土)

パンプキン・スープ

一般に、女性の好きなものとして、“いも・たこ・なんきん”と云われてきた。最近の女性もそうなのだろうか。流風は男だが、どれもよく食べる方かもしれない。

サツマイモは、焼いても蒸しても美味しいし、子供の頃のおやつに母がよく作ってくれたので、その味は未だに舌が覚えている。

たこは、たこ焼きや酢だこぐらいしか味わう機会はないが、嫌いということはないだろう。

最後のナンキン(かぼちゃ)は、煮たり、スープにしたりしている。ただ市場に日本産のかぼちゃは出回っていない。売り場にあるのは海外産である。

さて、今回は、「パンプキン・スープ」を取り上げてみよう。別に、ナンキンスープとか、かぼちゃカープとか呼んでもよさそうなものだが、パンプキン・スープの方が、雰囲気があって宜しい(笑)。

さて、よく作るパンプキン・スープは次のようなものだ(4人分)。

材料:ナンキン400グラム、食パン1切れ、牛乳2カップ、塩、胡椒

手順:

①ナンキンは種等を取り、薄くスライスする。

②鍋にナンキンと食パンを入れ、水をひたひたに入れて、どろどろになるまで煮る。但し、食パンはパンの耳を取ってもよい。流風は邪魔くさいので、そのまま煮て冷ます。

③鍋から、ミキサーに②を入れ、ミキサーすると、全体にとろみがつく。

④再度、鍋に③と牛乳2カップを入れ、煮る。

⑤塩、胡椒、少々で味を調える。

料理としては、簡単だが、濃厚な味で、なかなか美味しい。熱いままでもいいが、冷やしても美味しい。これからの時期は、冷蔵庫に保存しておいて、料理のサイドメニューとしても最適だ。

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2007年6月18日 (月)

梅の効用

梅には八徳というものがあるらしい。岩波書店発行の『図書 2007年6月号』に林望氏が紹介されている。転記すると、

 一、衆樹に魁(さきがけ)て咲き、目を楽しませる。

 二、芳香、能(よ)く鼻を楽しませる。

 三、風姿美しく、庭を飾るに宜し。

 四、鶯鳥囀々(てんてん)、耳を楽しませる。

 五、実り豊かに、口を楽しませる。

 六、梅干とけなりては、体を養う。

 七、魚と共に煮る時は、その毒を消して腥(なまぐさ)さを去る。

 八、核仁また良薬にして煩熱を除き目を明らかにす。

改めて指摘されると、なるほどなあと思う次第。こうして見てみると、確かに梅の効用は多いことがわかる。

また、梅の研究家、南金太郎氏も、梅干の効能の八徳を別の角度から説いておられる。それを記すと、

 一、梅干は病原菌を殺菌し、解毒する。

 二、梅干は、肝臓の働きを強める。

 三、梅干は、疲れた時の梅干1個は、疲労を一気に吹き飛ばす。

 四、梅干は、血液を浄化し、高血圧や脳出血を予防する。

 五、梅干のクエン酸は体の活力を増進する。

 六、梅干は、肉体の諸機関と分泌液を調節し、若さと美しさを保つ。

 七、梅干は、俗に言う「死の灰」のストロンチウムを体外に排出する。

 八、梅干は、老化防止のための成分(パチロン)を含み、唾液の分泌を促進する。

う~ん、すごい効用。最近のいろんな健康情報は信用ならないが、梅干は昔から食べられている健康食品。ある意味、人体実験済み(笑)。昔、弁当箱に乏しいおかずに、御飯の真中に必ず梅干が入っていたのは、多分そういう理由があるのだろう。まあ、それでも、適度に摂取することが望ましいのは言うまでもない。

高が梅、されど梅である。将来、梅の木を植えてみようか。そんな場所ないから、そういう所に引っ越さなければならないが(笑)。当面は他人様の梅を鑑賞し、梅干を賞味するしかないようだ。

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最近の梅干

母が自分で梅を漬けられなくなったので、昔ながらの梅干が食べたいと言うが、なかなか入手できない。売っているのは、混ざり物が多い。いろいろ買ってくるが、彼女が満足するものはない。やっと先日、百貨店の特別売り場で、和歌山産で、それらしきものを販売していたが、異常に高いので諦めた。

最近の梅干は、昔のように塩と紫蘇だけで漬けるのではなく、いろいろな物が混じっている。理由を聞くと、塩分控えめの要望が強く、そうするためには各種保存料が必要との事である。それに加えて、蜂蜜を入れたりして、いろんな梅干を開発しているようだ。

しかし、母のように、昔の梅干が欲しい人には迷惑な話だ。塩分が強くても、梅干の塩は身体に悪くないという意見もある。毎日、大量に摂取するわけでもない。梅干以外で、知らず知らず、いろんな塩分を摂取する方が問題が多いのではないかとふと思った。

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2007年5月30日 (水)

健康と美味しさのバランス

美味しいということと健康にいいということというのは、身体・心の受け入れ態勢が重要だと云われる。すなわち、どんな美味しいものでも、受け入れ態勢が整っていなければ、美味しく感じないし、どんなに健康に良いものであっても、同じく受け入れ態勢が整っていなければ、心身によい影響をもたらさない。

そして、それは美味しいということと健康によいということが同時であることが求められる。よく健康情報にこだわって、あれがいい、これがいいと言う人たちがいるが、美味しくないものを無理やり摂取しても、美味しくなければ、心身は多分喜ばないだろう。心身が喜ばないものは、結局、健康によくないだろう。

もちろん、おいしいものばかり食べれば偏食になる。それは健康によくないことは明らかだ。美味しくても、健康によいものとのバランスは常に求められる。そして健康によいものは、各人異なるような気がする。

それぞれの状態に応じて、適切な食物を摂取することが大事だろう。各種健康情報は、各人が自分なりに分析する必要がある。そして、それは美味しく調理する必要がある。このように健康によくて美味しいものを求めるのは、悪いことでないと思う。

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2007年5月29日 (火)

タマネギへのこだわり

学生時代、タマネギと渾名される先生がいた。いわゆるタマネギ禿げだったからだ。その渾名に、うまくつけるなと感心したものだ。先日、電車に乗っていると、まさに同じタイプの人が乗り込んできたので、懐かしさで思わず声をかけそうになった。

それはそれとして、スーパーや八百屋で、少し前から新タマネギが販売されるようになった。新タマネギは大変美味しい。スライスして、サラダとして生でも食べられるし、その他のタマネギを入れる料理に使っても、柔らかく調理される。

ただ欠点は、腐りやすいことだ。だから適量だけ買って調理することにしている。そのタマネギだが、近所では、大体、北海道産と淡路産(兵庫県)が主として販売される。流風は、基本は淡路産(兵庫県)を買って、それがないときだけ、北海道産を購入している。

なぜかというと、それは母の影響だ。子供の頃、最近の人のように贅沢していない彼女は、粗末な物ばかり食べたようだ。ただ、その結果、非常に舌が肥えている。微妙な味に敏感なのだ。その母が、タマネギに関しては、淡路産を絶賛するのだ。

ところが、流風は、残念ながら、それほど明確にはわからない。多分、目隠しして、どちらが淡路産かと尋ねられても、わからないだろう。それにもかかわらず、何となく淡路産を買っている。何という母の影響力。とは言うものの、結構、北海道産も買っているのだけど。

食のこだわりは、子供時代の食生活が強く影響するのかもしれない。流風も、子供時代に食生活が決して豊かだったとは思わないが。

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2007年4月17日 (火)

医療ミスを扱った映画から

医療ミスを扱った映画に『評決』がある。医療ミスで植物人間になってしまった女性を巡る医療機関との法廷闘争を題材にしている。なかなか見ごたえのある映画だ。最近の洋画がつまらないものが多い中、当時(1982年)は、こんな映画を作っていたのかと感心する。

監督はシドニー・ルメット、主演は落ちぶれた弁護士を演じるポール・ニューマンである。対する冷酷な弁護士には、ジェームズ・メイソンが演じている。ポール・ニューマンの親友に、ジャック・ウォーデン、妙に絡んでくる美女にシャーロット・ランプリングだ。

昔は敏腕弁護士のフランク・ギャルビン(ポール・ニューマン)も、どろどろした法曹界の不正行為に巻き込まれて、自分の潔癖さから事務所を首になり、事務所の代表の娘と結婚したのも離婚に追いやられる。

そして、当然の如く、酒びたりで落ちぶれていく。できる人間には、よくあることだ。たまにやる仕事もいかがわしい仕事で、業界からはつまはじきにされている。

親友のミッキー(ジャック・ウォーデン)だけは、何かと気を配ってくれて、仕事を紹介してくれる。その中に、病院の医療ミスで植物人間になった女性のの姉夫婦からの仕事の依頼を回してくれる。

姉夫婦は示談のつもりだったが、フランクは植物人間になった女性の入院現場を見て、怒りを覚え、かつて持っていた正義感が湧き上がる。そして、示談でなく、法廷闘争に持ち込むべきだと主張する。

しかし、病院側の弁護士は大手事務所の正確・冷徹・敏腕で知られる大物弁護士コンキャノンだ。組織的情報収集力を活かして、完全な弁護を計画する。

それ以上のあらすじは控えるが、なかなか面白い映画だ。ナゾの美女ローラ(シャーロット・ランプリング)の役割は特に隠しておこう。1982年の制作だそうだが、なかなかテンポもよく、真に迫るものがある。

この映画を鑑賞して感じることは、医療ミスは、医療者が自覚していないところで、起こるものかもしれない、ということだ。そして、医療は定型業務ではないことだ。絶えず、細かい変化がつきまとう。それを事故なしに対応することは至難の業だ。

やはり定期的な第三者の目によるシステムのチェックが望まれるかもしれない、というのが鑑賞後の印象である。そして完全な医療というものは存在しないかもしれない。それに対して、患者が完全を求めるのは無理があるのだろう。そういうミスに対する保障を明確にした仕組みが求められる。

また忙しい医療者の負担を小さくすることも重要で、医療者個人も自分ひとりで頑張らないで、全体を見る目を養う方がいいかもしれない。結構、業界では常識と思っている無駄な仕組みがあるはずだ。それを洗い出すことも求められる。

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2007年4月 3日 (火)

近所の名医の記憶

子供の頃、近所のおばさんたちから評判のいい医師がいた。彼女等が言うには、「あの先生は、ちんくしゃやけど、評判ええで」というのを何回も耳にした。

「ちんくしゃ」というのは余計である。女性というのは、いつも一言多い。男なら、「名医らしい」で終わる所が、いろいろな形容詞がつく。イメージはわかりやすいが(笑)。

確か内科だったが、子供も診ておられた。流風も何回か母親に連れられて診てもらったことがある。たくさんの患者さんが待たれており、初診を除けば、なかなか順番が回ってこなかった。

診察室に入ると、消毒液の臭いが蔓延していた。そして先生は確かに男前ではなかったが、やさしそうな先生だった。その先生は、現在の病院のように検査するわけではないが、とにかく口頭で尋ねたり、触診が多かった。思い出せる限り、その診察風景を記しておこう。

 ①まず、患者に状態を聞く。子供であっても同じ。付き添いには、後で聞く。

 ②患者を歩かせて、身体全体の動きを見る。ふらふらしないか見る。

 ③顔全体をじっと見て観察する。

 ④脈拍を取る。

 ⑤目の状態を見る。前や左右に手をかざしながら、「何本に見える」か、患者に確認する。

 ⑥耳が聞こえにくいか聞く。

 ⑦口をあけさせ、咽喉の状態、舌の状態を見る。

 ⑧体温を測るように看護師に指示する。

 ⑨触診をする

    ・ 頭と首の状態を触診する

    ・ 肩が凝っていないか見る。

    ・ 手の裏表を触る。

    ・ 聴診器で、胸と背中の音を聴く。

    ・ 手を胸と背中にあてて、指でとんとんと叩く。

    ・ 身体を寝台に横たえさせて、腹を押さえて、腹圧を見て、痛くないかと尋ねる。

    ・ すねを叩いて反応を見る。

    ・ 足裏を見る。 

 ⑩触診でかなり問題があるという場合だけ、レントゲン写真などの検査を行う。

以上のように、検査はあまりなかった。また最近のように、患者に診察前に症状を書かせる様なことはなく、必ず本人の口から直接聞いていた。

そして大体、⑨の診察で終了し、消毒液で手を洗い、病名を告げ、今後の生活について諸注意を与え、必要な場合は薬を出すという手順だった。それで、ほとんど治っていた。名医という評判は高く、遠くからも患者がやって来ている様だった。

現代の診察とは時代も違うので、比べられないが、触診をされると、何か信頼感が増していたような気がする。それが現代の言葉に直せば、触診によるコミュニケーションが十分であったと言えるのかもしれない。患者と医師の信頼感は、案外、こういうところから生まれるのかもしれない。

   

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2007年3月28日 (水)

かす汁で酔うか?

神戸市の小学校教員が、酒気帯び運転で摘発されたが、本人に酒を飲んだ覚えがなく、周囲もそのように認識しているらしい。ただ、かす汁を2杯飲んだとのこと。

さて、かす汁で酔うかというと、酒粕を扱う店は否定しているようだが、流風の経験だと、確実に酔うだろう。酒に弱い人なら間違いはない。

酒粕も、最近は、本当に絞りきったものではなく、ゆるく絞った酒粕が販売されている。酒の含有量が多いはずだ。かす汁にしても、その方が美味しい。

だが、酒は残る可能性がある。沸騰させれば、アルコール分が飛んで残らないというのが、酒粕店の主張だが、流風の感じでは、酒は残っている。

また、最近の酒酔い検査器は精度がよくなっていることから、過剰に反応するだろう。今回のケースは、若干かわいそうな感じがする。

この教師は退職されたようだが、酒酔い運転と同じ扱いにするのは酷である。でも、当局としての判断が間違っているとも言えない。今回は、いわゆる常識の範囲外ということだろう。

今回だけでも、その教師の復職はできないものか。それにしても、かす汁も飲めないとは、難しい時代になったものだ。

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2007年3月26日 (月)

名医とは

誰しも病気になった時、名医にかかりたいものである。大体、評判のいい医師を探したりする。それは自分の命に関わることだから、理解できる。

ただ、患者の側にも問題のある場合はある。どんな名医も治せないこともある。次の逸話は、示唆に富むものであろう。

時は、京都の所司代が板倉重宗の頃、彼は病気になった。市中の医者に全てあたったが、回復することはなかった。そこで、当時、名医と噂された、古林見宜を大阪から招いて、診てもらった。

古林見宜は、診察を終えると、私の処方する薬を飲めば治るでしょう、という。代金は、というと、一服一両するという。非常に高価だ。家臣も皆、びっくりしたが、命には代えられない。板倉重宗は、治るのならと思い、飲み続けた。

翌日以降も、見宜は往診に来て、服用の継続をすすめ、板倉重宗も仕方なく服用を続けた。そうすると、しばらくして快方に向かい、全快した。

最後の往診に見宜が来た時、板倉重宗は、お礼の言葉を言い、何と言う薬かと尋ねた。

ここでの、見宜の言葉が面白い。「何、どこにもある薬ですよ。別に珍しいものではありません」と言う。

訝った板倉重宗は、「良薬だから治ったのではないか。それゆえ高かったのではないか」と聞く。

そうすると、見宜は応えて言うには、

「京の医師に治せない病気を、この私がどうして治せましょう。診察したところ、誰でも治せるものでした。それがなぜ癒えないのか。考えて見ると、それはあなた様に原因があるのではないかと思い至った。

勝手に、医師の処方した薬を良いの悪いのと勝手に判断され、医師に注文をつけすぎる。医師の忠告を守らず、勝手放題される。それで、違う症状が現れ、また違う処方をさせる。そんなことをしていては、治る病気も治らない。

そこで、安価の薬を高価と偽り、お渡ししました。そうすると、さすがに服用されました。結果的に、私の注意を守り、快癒されたというわけです」と。

板倉重宗は絶句したという。

この話は、単に笑い話ですまない。私達も、病気になると、平常の心理と違い、色々心配になって、医師のアドバイスを無視したり、素人判断したりする。そのことが、病気を複雑にしていく。

このことで、思い出されるのが、父方の祖母のことである。彼女は、大変な病気になり、当時では治すのが難しいとされていたが、医師のアドバイスや処方の薬をその指示通り実行し、快癒させ、周囲を驚かせたと聞いている。

やはり信じた医者には、任せるのがベストなのかもしれない。

*参考文献 『決断の一言』(風巻絃一著)

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2007年3月20日 (火)

仕事と睡眠

誰でも仕事で悩んで眠れないことは経験していることだろう。実際は、仕事がうまく行くほうが稀で、失敗を修正しながら進めていくのが仕事であろう。

大事なことは、最悪の事態が生じそうになった時は、早く会社に報せ、上司、先輩に処置してもらうことである。若い時は、ありがちだが、思い込みや独断が一番いけない。

知りうることは日々からこと細かく報告しておかねば、上司もすぐ対応できない。よく言われる日頃の「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)が重要だ。

仮に、これらを全てやっても、眠れなくても、楽天的に感じて、起きてればいい。明日、仕事中に居眠りしそうだと感じたら、それに対する予防策をとっておけばいい。そういう風に考えることによって、不眠はある程度解消できると思うのだが、、、。

もちろん、相談相手のない経営者の場合は、もっと大変だ。しかし、そういう立場であれば余計に不眠になるようでは心もとない。気分転換も必要だし、それなりの人生哲学も必要だ。

経営者は、いつ何時何が起ころうが、どこでも眠れることが求められる。そのためには、ある程度の訓練が必要といわれる。

例えば、経営者の中には、寝る前に運動するという人もいれば、読書するという人もいる。寝る前に酒や牛乳を少し飲んで暗示をかける人もいる。いずれにせよ、何か条件反射で眠れるようになれば、しめたものだ。

このように、ビジネスマンの不眠解消には、自分に適した各人それぞれのやり方を見つける必要がある。基本的には、ベストを尽くしてなるようになれ、という気持ちを持つことかもしれない。

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2007年3月19日 (月)

眠れない人々

春はあけぼの。居眠りしたくなる時期である。この時期に不眠で悩む人は少ないと思うけれど、不眠症で悩んでいる人が多いらしい。

不眠は基本的に、“熟睡”と“安眠”について考える必要がある。前者は身体的なものが影響し、後者は心理的なものが影響する。これらを混同すれば、不眠の原因はつかめないことになる。

流風は、子供時代、すぐ熟睡するタイプだった。大体、野原を駆け回っているのだから、身体が疲れると眠くなり、“熟睡”するのは当たり前である。しかし、時々眠れない時もあった。

それを言うと、母は心配そうにしていたが、父は、「人間は自然と眠るようになっている。眠れなかったら、横になったまま、起きておればいい。それだけでも身体は休まる」と言っていた。確かにその通りで、父の忠告以後は、不眠で悩まなくなった。

しかし、社会人になって、仕事で失敗した時は、悩んでなかなか寝付けなかった記憶もある。これは心理的なもので、“安眠”できないということである。それが高じて内臓の病気になったこともある。

好きな彼女にどう告白するかと思ったときも、なかなか寝付けなかった。これも心理的な安眠阻害と言うべきだろうか(笑)。

それはさて置き、安眠するためには、以前のブログでも記したように、心配はいいが、心痛はしないことだ。ベストを尽くせば、後はなるようにしかならない。心痛したからといって、事態が好転するわけではない。そういう風に開き直ることである。そうすれば、眠れる。

不眠について考える時、“熟睡”と“安眠”という分類では、現代人は、“熟睡”より“安眠”できないことを指すことが多いかもしれない。それは結局、自意識が高いことがそうさせているのかもしれない。

もちろん、仕事の流れや他者の気持ちを察した上で、責任を果たし、最大限努力することが望ましいが、やれることをやったのなら、あとはケセラセラでいいのではないか。人間の寿命には限りがある。

いずれ起きたいと思っても、永遠の眠りに就く、と思えば気が楽になるかもしれない。この世は、なるようになるようにできているのではないか。特に責任感の強い方は、そう思って不眠を解消して欲しい。

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2007年3月18日 (日)

馬鹿になる食事

馬鹿になる食事方法は簡単だ。但し、以下は、経験知で、科学的根拠は曖昧なので、適当に読み流してください。いちいち断り書きをしなくてはならないのは、これも時代ですかね(笑)。

一、まず大食することだ。血の巡りが悪くなって馬鹿になる。

賢くありたければ、結局、腹八分目が宜しい。それに長生きの人は、皆、腹八分目だ。少しお腹が空くぐらいが宜しい。また間食は、健康を害す素だ。間食の習慣は止めたいものだ。胃腸が休む時間がないと、脳は馬鹿になる。

二、十分に噛まずに、呑み込む様な食事では、胃腸に負担がかかり、結局、馬鹿になる。

流し込むような食事はよくない。例えば、カレーライスやハヤシライスの類はよくない。ハンバーガーやパン類、うどん・そば類などもできれば避けたい。

賢くありたければ、食事に時間をかけて、よく噛むことだ。それで頭がよくなる。それには、和食が適している。

三、酒飲みが酒の肴に肉類を当てると馬鹿になる。

本来、酒の肴は淡白なものが宜しい。野菜などが一番だ。酒と肉の組み合わせは日本人には最悪だ。欧米人と日本人は、基本的に体質が異なる。肉類を受け入れる体質でない以上、肉類は控えめにした方がいい。

四、栄養価が高いとか言って、消化の悪い物を食することで馬鹿になる。

子供が嫌がっているのに、栄養があるからと言って、無理やり与えるのはよくない。だからと言って、子供が好むものばかり与えても問題が多い。

しかし、賢く育てたいのなら、小学校に上がる前は、肉類は極力与えず、野菜・魚中心の食事が宜しい。身体は、子供時代の食事内容を記憶している。それが成人になっても、嗜好として活きる。

五、身体の状態に合わせた食事をしないことで馬鹿になる。

毎日、一定の量を食べないといけないと思い込んでいる人たちがいる。いつも、三食摂る必要はない。そうしないといけないと思い込んでいる人は、馬鹿になりやすい。身体の状態に合わせて、食事の量は調整されるべきなのだ。身体の状態は毎日変化ている。適度に調整することが望ましい。

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2007年3月 2日 (金)

健康のための三つの呪文

健康になる三つの呪文。この三つの呪文を唱えると、病気になりにくいと云う。流風としては、他人様に大きな声ではいえないけど、これからの人には、誤りなき人生を送って欲しい。

一、ありがたい

これは、誰でも知っている。「有難い」。有ることが難しい。そう思う心から、感謝の気持ちが生まれる。そうすると、怒りがなくなり、病気になりにくいし、周囲も病気にさせない。また怒りは、周囲に毒を発することが知られている。よく怒る人には近づかないことも大切。毒に煽られたら、自分も被害を受けるからだ。

二、もったいない(勿体無い)

有名なアフリカ女性によって、全世界に知らしめた日本の伝統的な言葉。健康に関しては、病気になるのは勿体無いと考える。確かに、病気になると医療費もかかるし、時間も無駄にすごさなければならなくなる。だから、病気になるのは、もったいない。そう、考えれば、予防に注意するようになる。

三、ばちがあたる

天は常に、良い時も悪い時も、あなたを見ている。この身体は先祖から与えられたもの。何億と言う精子の中から選ばれて、役割を担って、この世に出てきた。世に尽くさねば、生まれてきた価値がない。そのためには、健康を維持しなくてはならない。そういう気持ちがあれば病気にはならない。使命感は、健康を保つ。

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2007年3月 1日 (木)

男の料理のアドバイス?

年上のあまり料理をやらない知人から、信じられないことだが、「野菜炒め」の仕方を教えて欲しいと言って来た。ブログに上げる積りは無かったが、そういう人もいるのかなと思って記しておく。

別に、流風だって、人様に偉そうに言えるほどのレベルではないと思うが、少なくとも、料理嫌いの母親よりは美味しいと思うと自画自賛。

そういうと、大阪のあるNPOが定年退職者向けに料理のレシピ本を出版したらしい。料理に縁のなかった人も、呆け封じにはいいかも。

流風が考えるに、料理の基本は、まずベースとなる料理本を入手すること。料理教室に行ってもいいが、どうしても遊び感覚になってしまう。基本は、自習による実践が必要だろう。

次に、調理器具の機能を知って、ある程度揃える必要(すでにある場合は機能の確認)がある。ただし、初めから、全てを揃える必要ない。大体料理の下手な人ほど、調理器具を揃える傾向があるからだ。最低限度の道具があればいい。

後は、料理は下準備か大切。材料、だしなど。料理のための材料を買いにいくのもよいが、冷蔵庫にあるもので、適当に調理する技術も求められる。ただし、基本的な野菜類は常備しておくことが望ましい。

さて調理だが、こういうことは、今まで仕事をやってきたように、段取りさえ覚えれば、料理なんて簡単だ。レシピ通りに、まず何回か作ってみる。この何回かがポイント。

レシピを見ながら、何回かやっていると、コツがのみ込めて来る。そうすると、自然にレシピなしで作れるようになる。そういうことを理解すれば、後は本人の味覚次第でオリジナルを作ってみる。

更に、美味しい物が食べたいと思えば、自然と向上心が沸く。「食いしん坊」であることが、料理の上達の第一歩だろう。

別にプロを目指すわけでもないし、自分のペースでつくればいい。だから定年退職者も積極的にやればいいと思う。誰でも、それなりのものができるはずだ。

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2007年2月20日 (火)

身土不二ということ

「身土不二(しんどふじ)」という言葉がある。「身土不二」はもともと仏教の経典から出ている言葉で、その読み方も違って、「しんどふに」らしい。そのことは詳しく記さないが、その後、明治時代に、身体と土は一緒のものだという考え方に発展したようだ。

長生きをしたかったら、近くの丘を見渡し、見える範囲内(3里から4里の範囲内。すなわち、12kmから16kmの範囲内)のもので、衣食住を賄いなさいということである。現在の日本の言葉に無理やり当てはめれば、意味合いは異なるが、「地産地消」ということかもしれない。

要するに、食べ物であれば~例えば、水、穀物、野菜、果実、肉、魚などを指す~、地元の旬のものを食べなさいということである。極端に言えば、その地、その季節で取れないものは、無理して食べることも無いということを意味している。季節外れの食べ物や遠い地で生産された食べ物は避けた方が望ましいということです。

人間の身体は、自然の一部なので、住んでいる風土に適応した食品を口にすることが求められる。このことは、出張先の食べ物で胃腸の調子が悪くなるとことが典型的に示している。違った地域に行くと、よく水が合わないということを言うが、その言葉が人間の身体をうまく表現している。

ところが、都会に行けば行くほど、そういう生活は不可能になってしまう。都会は、本来仕事をするには有利だが、人間が住むところではないということになる。現実に身土不二という生活は難しいかもしれないが、長生きしたかったら、思い切って都会を離れるのも一つの手かもしれない。

ただ、いきなり田舎住まいは勧めない。ベストは、大都市→地方都市→地方市町村→田舎という段階を踏まないと、とても馴染めないだろう。まず地方と交流を深め、コミュニケーションできる先を探すことが必要かもしれない。定年退職者には、その点、多くのチャンスがありそうだ。現役である人も、将来を睨んで、田舎住まい(地方の市町村住まい含む。最悪、地方都市)のために手を打っておくのもいいかもしれない。

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2007年2月19日 (月)

本物の日本酒の時代?

ビール業界が不振らしい。そこで、M&Aの登場となる。流風は、そこまで悪化しているとは知らなかった。そういうと、最近は、ほとんどビールを飲まない。いや、飲まないようにしている。

というのは、ビールは冷やして飲まないとうまくないが、冷たいものは、年齢と共に、あまり宜しくない。若い頃は、ビールだけでなく、飲み物というものは、コーヒーにしろ、ジュースにしろ、お茶にしろ、夏場は、よく冷えたものを飲んでいたが、最近は、胃腸が弱ったため、温かいものオンリーにしている。

そこで、最近、酒類は、大抵が、昔は、ほとんど飲まなかった日本酒になった。歌じゃないが、温めのカンをして、ちびちびやっている。量は飲まないので、質重視。できるだけ本来の日本酒、純米酒を購入している。これだと、不思議と悪酔いしない。

だから三増酒(*注記参照)であるパック酒は決して買わない。これは混ぜ物の多い安物のワインと同様だ。あれは安いけど、日本酒でないような気がするからである。だから料理酒にも使わない。料理にも、いいお酒を使う方のとは微妙に味が違う。

清酒業界も大変と聞くが、業界は、中途半端な商品を作らず、本物の日本酒を造るべきだろう。本物の酒を少しだけ嗜めば、酒が百薬の長であることには変わりない。本物の酒造文化を残せばいい。本来の日本酒の味が浸透すれば、徐々に市場は拡大するだろう。

そして業界は、日本酒が本当の日本酒に変わっていることを、酒をあまり嗜まない人々にも、もっとアピールすべきだろう。その辺にビジネスチャンス拡大のヒントが隠されていると思う。

*注記 三増酒

要するに水で薄めたお酒。戦後、ずっと日本人は、戦時中の米不足の時代に開発された、この偽物のお酒を日本酒と思わされてきた。

最近、やっと純米酒が出回るようになった。しかし、昔の安い酒に馴らされた人々は、本来の日本酒、純米酒に違和感を持つようである。

戦中の哀しい酒文化の名残である。だが、若い人やあまり酒を飲まない人にとっては問題はない。今後は、本当の日本酒の味を知った人が徐々に増え続けると思われる。

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2007年2月17日 (土)

少子化のもう一つの側面

問題発言した、かの大臣は、少子化は女性に原因があるとしていたようだが、それだけではない。重要なことは、男の精子に問題があることが大きく報道されない。

精子の量が減っていることは、医学界からも指摘されて、一般に知られていることだが、精子の変形、欠損も非常に多いそうだ。原因はいろいろ指摘されている。

まず、現代は過度のストレスに問題がある。戦前と比べれば、情報量は増えたが、それに比例するようにストレスは増えている。特に男はストレスが女性に比べてたまりやすい。こういうことが、精子に何らかの影響をもたらしている可能性はある。

ストレスを減らすには、過度の希望を持たないことだろう。戦後、デモストレーション効果で、隣と比較する心理で、マーケティングは展開してきたが、それが人々の心を蝕んでいるかもしれない。現在の日本のストレス過剰時代に対応するには、まず情報入手を削減することが求められるかもしれない。

次に、その大きな原因は、戦後の食生活の洋風化と言われている。それは、未だデータが不十分で根拠は明確ではないが、学者によっては、農薬、各種添加物、プラスチック包装物などの影響があるとされる。

もちろん、業界からすれば、明確な裏づけがないとしている。しかし、戦前と戦後の食生活の比較はする必要がある。そして戦後発生した病気のデータ化はそう難しそうではない。戦前にあって、戦後に無くなった物、そして戦前に無く、戦後にある物の比較をして、調べていけば、自ずから、何かが見えてくるものがあるのではないか。

何らかの影響が精子に及ぼしているはずだ。その他にも、花粉症、アトピー、O-157、鳥インフルエンザ、癌の多発など、全て食事とその周辺に関係するものばかりだ。もちろん、外部の生活環境の悪化も考える必要があるが、食事の影響は大きいと考えられる。

思えば、明治生まれの人々は皆、粗食だった。現在のような飽食の時代ではなかったし、医療水準も高くはなかった。それでもたくさん産まれて長生きしている。もちろん、多く産んで多くが戦争や病気で亡くなっていることも事実なので、単純な発想は危険だが、長生きしている人は、子供時代から粗食で、よく働いて体を動かしている。野菜中心で、肉などは滅多に口にしなかったと言う。そうしたことが、健全な精子を育んでいるのではないか。

それに比べれば、現代は、食の欧米化で、肉食の増加が、精子に何らかの弊害をもたらしていることは推定できる。加工食品の多くの利用も何らかの影響を及ぼしているだろう。私達は、これをどのように考えるかで、食生活は変わってくる。

以上から、結局言えることは、適切な競争は社会の進歩をもたらすかもしれないが、過剰な競争は、人々にあまりよい影響を与えないということだろう。しかし、その「適切な競争」というものが曲者かもしれない。時代に流されないように自己を確立して、どこでバランスを取るが、今後の各個人の課題かもしれない。

そして、戦後の洋風の食事を見直して、日本の米・豆・野菜中心の伝統的食事の見直しが必要だろう。そのためには、まず味覚を取り戻すということを基本にすればいいと思う。ハンバーガーやカレーばかり食べていると、味覚障害を起こすことは、既に指摘されている。子供時代から、味覚を養う意味で、日本食を推進することが望ましい。そうすることが健全な精子の復活につながるのではないか。

そういう意味では、各個人が、これらをどう考えるかによっても、人口の増減はありうるかもしれない。人々が子孫の繁栄を願うとすれば、これからの日本人の生き方の見直しと日本食の再評価が求められるのではないか。

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2007年2月12日 (月)

生き方は健康法につながる

生き方というものは健康につながるようである。一般に悲観的な人ほど病気に罹りやすいと云われる。勿論、過度の仕事は健康を害する。そして、結局、それは考え方に帰する。そのことがわかったのは、皮肉にも病気になってからである。そういう意味では、流風は凡人なのだろう。

かつて会社再建王と云われた原安三郎については詳しくは知らないけれど、火薬製造会社にいたにもかかわらず、戦争中も軍用火薬を製造しなかったらしい。当時、そのようにするのは非常に難しかったはず。詳しいことはわからないが、信念があったのだろう。それとも別の理由があったのだろうか。

その人が、健康法と処世法は一緒だという言葉を残している。最近の健康食品に関する報道は情けないが、誰でも、自分の健康法については、自分で編み出すしか方法がないということだろう。万人に通用する健康法はないということだ。ただ、他人の健康法も、時として参考になる。彼の健康法に関する内容は次の通りだ。流風なりのコメントを付加しておく。

一、時間は短くとも、よく眠ること。朝は早起きであること。

熟睡が大切。時間の長さではない。適切な睡眠時間の長さは個々人で異なる。また、身体を暖かくして寝ること。人間は、無防備な寝ている間に病気になるということもよく聞く。

そして、早寝早起きの習慣は、いつの時代にも健康法につながる。それに朝の頭の回転は、夜の数倍という。朝に情報を整理すれば、それで一日が決まる。夜更かしや寝坊することは、あまりメリットがない。

二、食事は少なく、腹八分目。

現代人は、栄養が大切とか言って、過剰に食物を摂り過ぎる。飽食は病気になりやすい体質を作る。他方、痩せるために食べないのも悪い。自分の命を縮めるだけだ。要するにバランスだ。

三、酒は飲めない、飲まない。人にも勧めない。煙草は積極的に手を出さない。

適度な酒はよいかもしれないが、他人には飲めないと言っていた方が無難。もちろん、他人にも酒の無理強いはしない。そして煙草には何のメリットもない。

四、データの完備したものに限っては、物事はすべて、その場で処理する。

処理できるものは残さない。仕事のスピードが早い人は結局そういうことだろう。今、問題になっている残業問題もそうだろう。結局、仕事が整理できず、段取りの悪い人間が残業する。また組織が残業を望む雰囲気があるとすれば、企業経営者に問題がある。

五、心配はしても、心痛はしない。

心を配ることと心を痛めることは、全く意味が違う。色々考えて、配慮はすることは大切だが、考えすぎて、ストレスをためることは何の意味もない。

六、決して物事に捉われない。すべてを呑みこんで処理し、それに支配されない。

新しい決断をする時は、噂とか、思い込み、先入観に左右されない。全て白紙で臨む。そのためには、日頃から、自分という鏡を磨いておく必要がある。

七、六十歳を過ぎれば、一切の義理、見栄、面子などで頭や体を労しない。

要するに嫌なことはやらない。嫌なことは断る。自分の心に逆らわない。基本的に自由人を目指す。結局、この段階では、なるようになる、と考えるのが自然。ケセラセラ。

八、正直に、ざっくばらんに。

妙な駆け引きなど考えない。人の道として正しいことを主張する。そして心理的壁を設けない。当方が、色眼鏡で見たり、駆け引きすれば、見える物が見えなくなる。そして、相手に緊張させない雰囲気を作ることは大切である。

九、思いついたことは、遠慮なしにしゃべる。

誰にでも許されることではないだろうが、そうしたいなら、若い時からそうするべき。そういう人だと思われたら、そういうことができるようになる。

ただ、少し間違えば、誤解が誤解を生む。相手をよく知り、相手により使い分ける。ある程度の計算がなくてはならぬ。

十、人から忠告されて、こちらでもいいと思ったことは、片っぱしからすぐ取り入れる。

忠告が全て正しいこととは限らないが、心に響いたら、即実行する。それは自分がやろうとしたけど、躊躇っていたものだから。

彼の言っていることは、このように自然体で臨めば、心に負担が少なくて、結果的に健康につながるということかもしれない。なかなか難しいことかもしれないが、そういうことを可能にしている企業は自由闊達の雰囲気があり、元気がある。

元気な会社の原因は、そういうことにあるのかもしれない。彼は、会社の再建を通じて、それを獲得したのだろう。危機に瀕した企業を再建するには、彼のように振舞うのがいいのかもしれない。

* 追記 本ブログの論旨とは異なるが、原安三郎のエピソードについて紹介しておく。

彼は、早稲田を卒業した時、成績はトップだったようだ。だから、総長の紹介で、三井物産を受けた。しかし、足が少し不自由だったことから、入社を断られている。

当時の三井物産の常務へも総長から話がつけてあったにもかかわらず、風采があがらないから、三井には相応しくないとして、人事課長から、はねられているのだ。

しかし、これで、彼は発奮したというから、人生、わからない。若い人も、希望先に就職できなくても、くよくよすることはない。

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2007年2月 1日 (木)

鳥インフルエンザの原因は何なのか

鳥インフルエンザが各地で問題になっている。現在のところ、宮崎と岡山のようだ。だが、鳥がウイルスをもたらすのであろうか。多くの人々が疑問に思っている。素人的見解だが、一応記しておく。

鳥インフルエンザの原因は、何か別のところにあるような気がする。大体、鳩舎に詰め込んで、鳥を大量に生産すること自体に無理がある。生き物を大量生産する発想は、野菜の工場生産と似ている。野菜の工場生産されたものが栄養価が低いように、鳥の工場生産はやはり無理があるのだろう。まして、鳥は動物だ。

そういった環境に加えて、飼料に問題があるのではと思っている。この問題は、牛のBSE 問題と似ていると思う。ある飼料を与えることによって、病気になりやすい体質になるのではないか。どうもそんな気がする。それがもともと鳥の体内にあるウイルスが反応しているのではないか。

果たして、専門家は、どのように対応するのだろうか。

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2007年1月21日 (日)

マスコミの健康番組の欺瞞性

納豆の健康情報が流れて、店頭から納豆がなくなっていた。流風は関西人でありながら、比較的、常食しているので、迷惑なことだ。そして、明らかになったことが、この放送局が流した情報が捏造されたものであったとのことである。

もともと健康情報なんて、流風は一切信用していない。しかし、マスコミから流される健康情報を鵜呑みする人たちも多い。これは、テレビ独特の催眠術にかかって、一種の詐欺に引っかかっていると認識すべきだ。

しかし、テレビ局も、本当に視聴者を馬鹿にした番組作りもいい加減したらどうか。そして結局、視聴者も、テレビの視聴率稼ぎに一役を担わされているだけだと認識するべきだろう。視聴者はもっと冷静になる必要があるが、このような番組を流すテレビ局が諸悪の根源かもしれない。

そしてメーカーの意向を汲んで番組づくりするマスコミも悪いが、スポンサーも悪い。マスコミに情報提供している人たちも作為がありすぎる。こんなテレビ局にスポンサーについている会社の不買運動をしてみたいものだ。

スポンサーは、番組をもっと精査すべきだろう。単に視聴率がいいから、番組に協賛する姿勢は改めてもらいたい。それにテレビの広告はすでに価値を落としている。スポンサーも、費用対効果を考えると共に、スポンサーになることに、大きな社会的責任があることを再確認してもらいたい。

まあ、テレビを見なければ問題は無い。流風はテレビをほとんど見ないが、時々、こういうことで間接的に迷惑する。業界だって、急に売れたところで、熱が冷めた頃には、売れ残りが出るのは目に見えている。経営のためには、よい影響をもたらさない。

この放送局に限らず、他局の健康情報番組にも捏造体質があるのだろう。他の番組の情報も信用できないということになる。こういうことが続けば、テレビは坂道を転げ落ちる存在になるのだろう。マスコミへの不信感はより一般にも広がっていくだろう。旧態依然たるマスコミ体質は、変わっておらず、ホリエモンに買収された方が良かったのかもしれない。

(本日は投稿予定ではなかったが、あまりにも腹が立ったので、アップした。)

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2006年12月19日 (火)

新米と体重増量危機 !

お米は、最近、地産地消ということで、お米は地元産を購入している。以前のように、各地の米を食べ比べはせずに、地元のお米を食べているのだ。これが結構うまい。これが新米だとなおさらうまい。

特別高い値段でもなく、どこのスーパーにも置いてあるのだが、有名な銘柄とそんなに遜色はない。今まで、何か銘柄ブランドで迷わされていたのか不思議である。ただ、地元産でも、大して価格は変らないのにまずい米はある。

さて、ところがである。新米がおまり美味しいものだから、食べる量を増やしたところ、てきめんに体重は増加した。健康のため、かなり減量して、適正体重を維持していたのだが、危険水域ではないが、体重が若干増えて、昔のように元に戻ってしまった。う~ん、困ったことだ。何でも美味しいこの時期の減量は辛い。果たしてどうすべきかハムレットの心境。

流風は、健康的には、体重があまり増えてはいけないのだ。いつもあまり体重は変化しないのだが、今年は違った。どうも食べ過ぎたようなのだ。他人様から見ると痩せているという指摘は、ありがたいが、中身に問題があるようだ。

一応、今年は毎日一万歩のノルマは、駅を一つ飛ばしなどによって、何とか達成しているのだが、それ以上に食べてしまったらしい。美味しいものは食べたし、でも健康のことを考えたら、セーブも必要。困った。困った。

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2006年11月28日 (火)

高齢者の介護予防

運動嫌いの母に、無理やり万歩計を渡したところ、当初は嫌がっていたが、最近は歩数を気にするようになっている。先日、どのくらい歩いているのか、確認したところ、平均5千歩程度歩いているようだ。万歩には、程遠いが、歩かないよりはいい。足から衰えていくから。でも、人間、何がきっかけになるかわからない。

しかし、本来は、歩くだけではダメらしい。神戸市では、高齢者の介護予防運動として、次のことが推奨されているので、次に、これを薦める予定である。

ご存じない方のために念のために記載しておく。介護予防のために、高齢者の方々に是非薦めて欲しい。軽い準備運動の後、繰り返し、20回程度(慣れない内は5回程度)が望ましい。但し、体調にあわせ、無理はしないように。また誰かが見守りすることが望ましい。

 ⅰ 壁押し腕立て~上半身を鍛える

     壁から少し離れて立ち、両腕を水平に壁に突き出す。

     壁に手がついたら、手のひら、一つ分を下にずらす。

 ⅱ 腹筋運動~歩行姿勢を整え、腰痛等の予防

     仰向けになり、膝は90度に曲げ、手は太ももに持って行く

 ⅲ かかと上げ~ふくらはぎの強化で、しっかりした歩き方に

     椅子の後ろに立ち、両足を肩幅に開き、椅子を両手でつかみ、まっすぐに立つ。

     両方のかかとを、1,2,,3,4の調子でできるだけ上げる。

     次に、逆に、1,2,3,4の調子で下げる。

 ⅳ 膝の曲げ伸ばし~下半身強化で、立ち座り、階段の昇降を可能にし、転倒予防も

     ⅲと同様、椅子の後ろに立つ。

     1,2,3,4の調子で、膝を軽く曲げる。

     次に、1,2,3,4の調子で、ゆっくり膝を伸ばす。

 ⅴ 足の後上げ~お尻・背中の筋肉を強化して、正しい姿勢を保つ

     両足を開いて、椅子の後から、30~40cm離れて立つ。

     両手で椅子をつかんで、股関節から上の上体だけ45度ほど前に傾ける。

     膝が曲がらないように、片方の足をまっすぐに後ろに上げる。

     足を後ろに上げたままの状態を1秒間続けた後、足を戻す。

高齢者であっても、筋肉強化は可能なようなので、是非薦めてもらいたい。運動嫌いの人々にも簡単なので、お薦めです。

     

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2006年11月23日 (木)

鯖の味噌煮に挑戦

じばらく魚料理はサボっていたのだが、久しぶりに料理してみた。実は、新鮮な鯖が入手できたからだ。スーパーや百貨店で、鯖を物色するのだが、なかなか新鮮そうなものが見つからなかったのだが、ある百貨店の食料品売り場で、手頃な値段で見つけたのだ。見るからに美味しそうな鯖だ(今回は切り身)。

それに、鯖は料理したことがなかったのだ。いつも、お魚屋とか惣菜店で購入していたからだ。今回、よい鯖が手に入ったので、ちょっと挑戦。

そこで、塩焼き、味噌煮にしてみた。両方ともグッド。我ながら、うまく調理できた。まあ、マニュアルのレシピ(『ベターホームの和食の基本』)を見ながらだけど。

塩焼きは簡単だけど、グリルで焼く場合、レシピによっては、皮から焼けというのと、身から焼けというのと両方あって迷ったけど、身から焼いてみた。特に問題はなかったみたい。次に作る時は、逆をやってみようと思う。

さて、味噌煮は、しょうがと酒で臭みを取ることが大事だ。味の方は、結局、使う味噌によって、味が大きく異なる。今回は白味噌と赤味噌を適当に混ぜてみた。白味噌:赤味噌=2:1ぐらいかな。出来上がりは、自分的には合格点。でも、結局、鯖の質と新鮮さが、料理の美味しさを決めてしまうようだ。次回も、入手できるかどうか。料理の腕はあまり関係ないようだ。

涼しく、否寒くなってきたので、食はすすむ。食べ過ぎないようにしないと、基本体重をオーバーしそう。でも、美味しいものには勝てそうにない(笑)。

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2006年11月 6日 (月)

治療を拒否する権利

医師の善意と患者側の思いにズレがある場合がある。

例えば、日本では、人工呼吸器を一旦セットすれば、取り外しできないらしい。だが、父が入院した時、そのような説明はなかったと思う。

ただ、それに類する発言は親族側はしているかもしれない。例えば、「本人が苦しまないようにして欲しい」と。医師は、医師の判断として、人工呼吸器をセットした可能性はある。

その状況判断は微妙なところだ。しかし、一旦取り付ければ、取り外しできないという説明はなかった。医師の常識は、必ずしも患者やその親族の常識ではない。

米国では、治療を拒否する権利が認められているそうだ。残念ながら、日本では、その権利は認められていない。

しかし、実際は、患者が、そのように思い込んでいるからかもしれない。そういうことがわかっていれば、上記の例では、人工呼吸器のセットを拒めば、患者の主張は通る。ただ、本人は苦しむかもしれない。

病院に行けば、患者あるいは親族があまりにも医師任せなのかもしれない。その結果、医師は、どんどん治療をする。そうして、人工呼吸器もセットする。

ところが、患者あるいは親族は、その重大性に気づいていない。それは、当たり前と思っている医師の説明不足から来るものからかもしれない。

人工呼吸器以外でも、そのようなケースはあるのかもしれない。前にも触れたことがあるが、延命治療に関するルール作りは必要であろう。

そして、患者も死生観を明確にして、「これこれの時は、こうしてください」と、意識がある前に書類を用意するかして、意思を明確にしておくことも必要かもしれない。しかし、急なことで、本人が判断できない場合はどうするか。死とは、つくづく大変なことである。

そのように考えると、患者のあり方が問われる。結局、患者や親族は医療の常識を学ぶとともに、死に直面した時、自分をどうしたいのか、を日頃から意思表明しておくが大切ということかもしれない。そうすれば、トラブルは避けられそうである。

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2006年10月26日 (木)

受動喫煙訴訟

ついにか! 受動喫煙訴訟で、禁煙者の訴状が認められたようだ。ついに、そういう時代か、という印象である。

しかし、健康増進法の不徹底からか、飲食店では、禁煙席と喫煙席の区別が不十分であることには変わりない。喫煙席から、禁煙席へ、紫煙が流れ込んでいる店舗はたくさんある。さあ、飲食店の経営者はどのように対応するのだろうか。

法律が施行された当時は、飲食店も、それなりに配慮している店が一時的に増えた。しかし現在では、禁煙席だと、経営が難しいのか、一部の良心的な店を除けば、禁煙席は縮小されて、奥に追いやられている(あるいは入り口に少しだけ席を設ける)のが実情である。

喫煙者にとっては、辛い時代で、家庭でも職場でも追い出されている。それを飲食店が受け入れているとも言えるが、禁煙者にとっては迷惑なことだ。結局、禁煙者は、分煙の不十分な禁煙席・喫煙席複合の店からは、足が遠のいてしまっている。

健康増進法の徹底は急には難しいことかもしれない。しかし、これは世界的な流れで、フランスのレストランでは全席禁煙の報道が流れていた。飲食経営者も、今後は無視もできないだろう。幸か不幸か、飲食業の業績は、値上げにもかかわらず、現在好転している。だが、これがいつまでも続く保証はない。今後の飲食店経営者の対応を気をつけてみたい。

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2006年10月 7日 (土)

梨の美味しさ

秋といえば、果物の豊富な季節である。今年もいろいろ楽しめそうだ。梨、栗、りんご、ぶどうなど好きなものばかりだ。

今年も、梨をたくさん食べた。何というか、あの舌触りのざらざら感が好きである。他の果物にない感触である。

梨には、赤梨系と青梨系があるが、流風は「幸水」や「豊水」などの赤梨系が好きである。子供時代は、「20世紀」などの青梨系をよく食べた気がするが、現在では、甘みの強い赤梨系をよく買う。ただ以前たくさんもらったのだが、保管が大変だった。買い求める場合は、傷みやすいことを考慮して、少しずつにしている。

食べ方としては、大体が、剥いてそのまま食べている。料理にも使えるそうで、スライスしたものを豚肉と炒めたものや、フライなど揚げ物が紹介されているが、未だ試したことはない。少し度胸がいる食感になるような気がして、挑戦できないのだ。いずれ料理の食材としても挑戦してみよう。

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2006年10月 5日 (木)

臓器移植と代理出産

最近、医療について若干ショッキングなことが報道されている。その中で、流風の関心事は、臓器移植と代理出産であろうか。

まず、臓器移植に伴う臓器販売は、臓器移植が始まった頃から問題になっていた。東南アジアでは、現実にそれが横行していたし、規制もするようになってきているが、臓器移植という需要があれば、起こる問題でもある。流風は日本でも起こると思っていたので、正直に言えば、それほどショックではなかった。

本来臓器移植は元の臓器の持ち主の人格まで移植されるという話もあるくらい不自然ではあるが、臓器移植しても生きたいという人間の欲望は限りない。それは始皇帝が不老不死を求めて、徐福に蓬莱の国を探索させた時代から何も変っていない。病気を治すため赤ん坊の肝を欲しがった説話もある。

それほどに人間の生への執着は強いのだろう。そして、現代の医療技術の進歩で成功例もかなりあり、生き延びている人も多い現実がある。

でも、お金がなければ手術もできない。命はお金で買えるのかという道義的問題が横たわっている。運命論者は、命は天から与えられていると言うだろう。でも、宗教観のない現実主義者は生命は科学で延ばすことができると考え、生き延びることを選択する。

果たして、何が正しいのか。人間は、神聖なものなのか、単なる機械的に機能的なモノの集まりなのか。そこには、考え方が対立し、この問いは、答えが収斂することもなく、どこまでも果てしない。

もう一方の、騒がしているのは、代理出産であろう(生まれたのは、ずっと前で、今は国が夫妻と親子関係を認めるかどうかという問題で話題になっている)。他人の腹で、子供を生んでもらう。そこまでしても子供が欲しい人々がいる。かつては子供は天からの授かりものと言ったものだ。

生まれればよし、生まれなくてもよし、というわけにはいかないのだろうか。生命の神秘はそこにあると思う。周囲がいろいろ言うから、プレッシャーを感じる女性も多いかもしれないが、子供ができなくても、周囲も暖かく見守ることが必要だ。彼女等に大きなプレッシャーかけているのなら、それは誤りだ。

しかし、子供を機械的に生産しようとして、モノ扱いする人々の出現に、社会はどのように対応したらいいのだろう。機械的に産んでも、人間の子供だ。子供が将来、悩むことはないだろうか。親のエゴで、子供を生産するのなら、流風は反対だ。子供ができないなら、できないでいいではないか。それも人生だ。

そして、もっと大切なことは、女性は子供が授かる可能性の高いもっと若い時に結婚するべきだろう。高齢出産は、いろいろな面でリスクが大きい。高齢になってからあせっても仕方ない。女性は晩婚リスクを真剣に考える必要がある。つまり基本的な生命の摂理に従うほうが賢明なようである。

臓器移植と代理出産という問題は、私達に、人間としてどうあるべきかを問いかけている。一部の当事者だけの問題ではない。各人が、問い続けていかなければならない問題だと思う。

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2006年10月 2日 (月)

掛かり付け医の大切さ

最近は、大病院では、紹介状がないと、お金が余分にかかるシステムになっているから、掛かり付け医に世話になっている人が多いと思う。若い頃は、病気になる頻度が低いので、関心は低いかもしれないが、掛かり付け医は大切である。

企業が行う健康診断に満足してはいけない。企業勤めであっても、自分の掛かり付け医を持つことが望ましい。同じ健康診断をしても、掛かり付け医は、自分の患者として捉えるので、真剣である。もちろん、企業の健康担当医師が真剣でないとは言わないが、どこか機械的に処理しているように感じるのである。

掛かり付け医(主として内科)として、お願いする場合は、最初に「掛かり付け医としてお願いします」と申し入れることだ。それが曖昧だと、効果は薄い。医師は患者により区別してはいけないが、医師も人間だ。

そして健康診断も定期的にお願いする。そうすると、掛かり付け医も、心得ていて、それなりに配慮してくれる。各種病気になっても、担当外のことも相談に乗ってもらえるし、紹介もしてもらえる。

これは、企業に働く人ばかりでなく、現役を引退された方も、必ず実行してもらいたいものである。高齢者は健康診断をしない人も多い。そして、気づいたときは手遅れということもある。しっかり、掛かり付け医を持ちたいものである。

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2006年9月22日 (金)

虫の眼と太陽の光

秋に相応しく、虫の音があちらこちらから聞こえてくる。だが、聞き方によっては風情が感じられるが、気持ちによっては、うるさくもある。結局、こちらの気構えで、受ける感情は違ってくる。

さて、以前、このブログで、“虫の目、鳥の目、魚の目”を取り上げたことがあるが、今回は、実際の、「虫の眼」をメモ的に取り上げてみる。

昆虫の出現は、3億年前と云われる。人類の出現が100万年前というから、彼らの歴史は古い。また昆虫の種類は、わかっているだけで、90万~200万種あるらしい。それは全ての動植物の65%~75%を占めている。それほどに多い。

さて、昆虫の眼は、学校時代に習ったような気がするが、不勉強で復習すると、昆虫には単眼のものと複眼のものとがある。

単眼は、眼に映るのは一つの画像で、明暗と動きはわかるが、色はない。複眼は、同じ画像を多面的に見ている。“虫の目、鳥の目、魚の目”で取り上げた「虫の目」は正確には「複眼」である。「単眼」ではない。そしてこの複眼は、全方位に広い視野を持つと共に、色も見える。

彼らは、いずれにせよ、太陽光の影響を強く受け、身体全体で感じ取り、活動する。特に紫外線の影響が大きいようだ。なぜなら、花は、紫外線を反射するが、蜜を貯える花の中心部の周囲だけは紫外線を反射しないのだ。昆虫は、それに反応しているそうだ。それも、メスとオスでは紫外線の受け方が違うようである。

人間も同様に、太陽から多くの影響を受けているのだろう。浴びすぎるのもいけないのだろうが、適切に受け止めることも必要だろう。問題は、どういう環境下で受けるかということかもしれない。特に朝の光がよいという。朝6時から9時までは太陽の光を受けると、感情に良い効果が現れるとか。

*注)目と眼の違い(流風的見解)

「目」は「人間の心の目」を意識しているが、「眼」は「機能をもつそのもの自体」を指しているつもりである。

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2006年9月11日 (月)

訴訟社会になった日本と医療マネジメント

最近、新聞を読んでいると、モノの購入者・消費者、サービスの利用者の訴訟が増えているように思う。以前だったら、とても、この内容だったら、訴訟しないようなことでも訴訟されている。

同様に、医療においても、医療事故関係の訴訟は増えている。背景は色々あるだろう。実は、流風の亡き父も、最初の病院は誤診だった。そして最悪なことに誤診が発覚し、転院した先でも、患者である父の状態を十分に把握せずに、薬の過剰投与で容態が悪化し、死に至っている。

理由はいろいろある。最初の病院は、父の選択であるが、外科では定評があるものの、内科では、それほどの実績はなかったそうだが、それは後でわかったことである。しかし、医師としての基本的な医療プロセスを踏んでいないことは責められる。

また転院先では、たまたま専門の医師の手が塞がっていたことが、治療を誤らせたらしい。担当外の医師が診断する場合の、マニュアルが徹底していなかったと考えられる。誤診した医師も、転院先の薬を過剰投与した医師も両方とも、比較的若い医師だった。

家族には治療に不満は残ったが、流風は誰も訴えなかった。誤診した医師や転院先の薬を過剰投与した医師ではなく、その後の始末をした医師は一生懸命だった。それを見れば、とても訴える気にはなれなかったのだ。それに、父が高齢であったこともある。

ところで、訴訟の増える背景には、平成16年に公布・施行された『消費者基本法』が大きく影響していると思う。そこには、消費者の権利として、八項目の次のようなものが示されている。

  一、生活者の基本的ニーズが保障される権利

  二、安全である権利

  三、知らされる権利

  四、選ぶ権利

  五、意見が反映される権利

  六、補償を受ける権利

  七、消費者教育を受ける権利

  八、健全な環境の中で働き生活する権利

おそらく、これらを前提として、訴訟側も強く出ている。また国としても、消費者保護行政を推進せざるを得ない状況にある。この法律は、従来、消費者保護行政を怠ってきた国への警告である。特にいい加減なメーカーやサービス提供者の排除、海外品のノー・チェック輸入業者に対しては、市場から排除していく必要はある。

ただ、何でもかんでも、訴訟すればいいというものではない。訴訟は、メーカーや業者への警告にはなるが、やはり、善意・悪意の区別は必要である。米国のように、利益のためや、弁護士の欲のために、訴訟される社会は、できるだけ避けたいものだ。

しかし、同様に医療における訴訟は増えている。医療の訴訟についても、医療側は、なぜ訴訟になるのかという意識が低いようである。訴訟を悪く捉え、被害者意識もあるようだ。だが、今後は、このことをある程度覚悟しなければならない。

もっとも、訴訟が続けば、彼らにとって、プレッシャーになるのは明らかで、いずれ診療拒否という事態も想定しなければならないだろう。そうなると、訴訟が増える→医師の萎縮→医療拒否→実質の医師不足による不十分な医療体制ということになる。果たして、それが患者にとって、いいかどうか、患者側も考えなければならない。

その一方で、残念ながら、日本の医療は、医師個々人のレベルは仮に高くても、全般的に、組織レベルでのマネジメント力は低い。ある学会誌を読んでも、有名な大きな病院でも、やっと、マネジメント強化に取り組もうかという段階である。

このままでは、今後も医療事故は起こりうる。医療事故は、医師個人の問題だけではなく、組織的な問題であるので、それを解決しないと、根本的な解決は望めないのだ。そして、それは、個々の医療機関のマネジメント体制と地域の医療連携のマネジメントを含めての問題である。

これらの問題を、いかに解決すべきか。結論から言うと、国と地域に強いリーダーシップが要求される。そして、個々の医療機関においては、前々から言っているように、医療側は失敗を全てオープンにし、医療マネジメントの向上により医療システムの品質を高め、患者側は、医療側の姿勢を監査する仕組みをつくり、患者・医療の協働で、医療品質を向上させ、訴訟をできるだけ避けることが望ましい。そのためには、医師個人レベルにおいても、マネジメント意識を強く持つ必要がある。

もちろん、それだけでは、医療側に改善・改革への意欲がわかない。適切なインセンティブが必要だろう。例えば、国の配慮としては、事故のない病院に対しては、保険点数をあげたり、なんらかの優遇措置などが望まれる。それと同時に、最悪、訴訟に備えて、医療事故保険の充実・整備も必要だろう。

注) このブログのコンテンツは、9/8投稿した「医療と訴訟社会になった日本」を改題し、加筆したものです。よって、「医療と訴訟社会になった日本」は削除しています。

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2006年9月 5日 (火)

換気の大切さ

散歩していると、美味しい空気が吸えてうれしくなる。特に緑の多い公園や神社あたりは、特に清々しい気持ちになる。ところが、街中に出ると、排気ガスやクーラーの排出空気などで、嫌な気分になる。

自宅にいる時も、度々窓を開けて、空気を入れ替えることにしている。始めは、邪魔くさいと思ったものだが、慣れれば、習慣になっている。窓を開ければわかるのだが、外気と部屋の空気は明らかに違うことがわかる。

最近の密閉型の住宅は、エネルギー効率は高いかもしれないが、長時間、空気を入れ替えないと、空気がよどむ。空気も水と同様に濁るので、入れ替えは必要なのだ。

しかし、先日会った若い方は、終日、そんなことはしたことがないという。それで、体調はどうなんだと聞くと、ずっと室内にいるわけではないので、別に問題はないという。だが、空気は入れ替えた方がいい。それが長期にわたれば、健康を害す可能性があると伝えたところ、驚いていた。

習慣というものは、常識化して、何が正しいのかをわからなくする。もちろん、外気が汚い場合もあるだろうが、その場合は別の対策が必要になるかもしれない。しかし、対策を練るより、そこを脱出した方がいいかもしれない。

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2006年8月30日 (水)

眉間に皺を寄せる人々

私の前で、眉間に皺を寄せている数名の女性がいる。だが、残念ながら、西施ほどの美人ではない(笑)。

実は、早朝、電車に乗っているのだが、前の3名の女性が、携帯とにらめっこしているのである。よく見る風景である。まあ、あれくらい眉間に皺を寄せて、真剣に仕事をしてくれたら、多分、成果は上がるだろうに(笑)。

だが、流風が子供の頃は、父に眉間に皺を寄せると人相が悪くなると、よく叱られたものである。眉間に皺を寄せると、父がそれを撫でて、無くすようにされた。今では、時々、思い出して自分でしている。

さて、流風は老眼気味で、あの小さい文字の入力が苦手で、携帯でのメールはしない。電車に乗っていた皆さんは、共に若いけど、あの小さい画面での、メール打ちは結構、労力を消費しているはずだ。

彼女等が通勤途中なら、仕事場に着けば、目に疲れが残るだろう。目が疲れるということは、脳が疲れることだ。若いからといって、仕事によい影響があるはずがない。

大体、電車内の読書や文字を見る作業というのは、あまり目にはよい影響を与えないのだ。そういう流風も若い時は、何かに急きたてられるように、読書したものだ。だが、あまり効率は良くなかった。それより、むしろ車内で、目を疲れさせないようにするべきだろう。

彼女等は、無駄な労力を消費していることにならないか。仮に、それがストレス発散なっても、仕事にはよい影響をもたらさないだろう。でも、そんなこと、好きでやっているのだから、ほっといて、と言われるかもしれない。ついついお節介ですみません。

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2006年8月27日 (日)

気を若く持つ

昨日のブログの続きだが、それでは、「気を若く」持つにはどうすればいいか。

最近は、若年寄りが多いと聞く。覇気がありすぎるのも困るが、若くして老成して諦めの姿勢を示す若者には、困ったものである。何もやってみないで、やったような気でいる連中がいるのだ。若い時に失敗を恐れてはならない。若い時の失敗は、全て人生の糧になるはずだ。また高齢者が、生きる目標を失って、死を待つ生活を送っておられるのも、よろしくない。

ヘンリー・フォードは、次のように言っているらしい。

『20歳だろうが、80歳だろうが、学ぶことを止めたら、もう年寄りである。学ぶことは人を若々しくする。人生で一番素晴らしいことは、いつまでも気持ちを若く保ち続けることだ』と。

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2006年8月26日 (土)

長生きの方法

長生きの方法は、いつも気を若く持ち、自分で年を取ったと思わないことらしいが、ここ数年、外見は若そうに見えるらしいのだが、体力の衰えは否めない。運動不足の結果からかもしれない。

だが、それなりに、未来に希望を持ち、楽しみを見つけることがいいのかもしれない。もちろん、頭を使うことを忘れてはなるまい。ブログ作成は、頭の予備体操だ。それに適度な運動と適度な食事。

そして、若い人たちを時々からかうことも必要だ(笑)。彼らとの交流は気持ちを若くする。若年寄りもいるけどね。そういうと、若い人たちと話すと、若い時は、同じような悩み事をしたなあと感じる。そして、今は、それを冷静に見ている自分がある。それでは、いけないのかも。

まだ、若い人たちから、からかわれることに挑戦することも必要かも。年寄りの冷や水という年齢でもないし。さあ、何を始めようかね。まず、体力強化だ。ストレッチを始めるか。

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2006年8月18日 (金)

養殖ウナギの怪

養殖ウナギの一割が背骨が曲がっている報道があった。害はないらしいが、少し気味が悪い。市場にはそのままでは出回らないらしいが、加工品として出回るのだろう。

ここで気づくのは、やはり“促成栽培”の弊害だろうということ。餌を成長段階に合わせて与えていれば問題が無いのだろう。しかし経済成果を急ぐために、早い段階で餌を過剰に与え成長を促進させた。それが、この結果。

これは人間でもそうだろう。身体の成長と心の成長のバランスが崩れている子供たちも実際存在する。身体に心がついていかない。急いで成長させても、ゆっくり成長させても、人生の持ち時間はそんなに変らない。人生の長さ全体での視野が求められる。

やはり、子供の頃は基礎をきっちり固めてやることが親の役目なのだろう。だが、社会はそれを許していないとすれば、問題だ。人間としての基礎をじっくり固め、その上で個人の資質を見極め、各人の特徴を踏まえながら、個性を伸ばし、見守る姿勢が、親にも社会にも求められている。

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2006年8月 9日 (水)

ハンドパワー