考え方

2018年9月24日 (月)

前世は昨日

前世なんて言うと、古臭い表現だが、広辞苑には、「現世に生まれ出る前の世」とあり仏教用語との説明がある。ところが、石川理紀之助は、面白いことを言っている。

「前世は昨日にして、現世は今日なり。故に明日は来世というべきなり。昨日習って今日の賢きは、あたかも前世に勉強して現世に賢きが如し」と。

人間とは、若い人たちは特に、まだまだこれからがあると思っていると、時は、アッという間に過ぎ去る。生と死は連続していて、今日があるから明日があるとは分からない。

理紀之助は、そういう意味で言ったのではなかろうが、学び続ける大切さを諭したものだ。その積み重ねが、将来、大きな差になることは明らか。老若男女、持ち時間を大切にしたいものだ。

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2018年9月16日 (日)

『韓非子』の問題点

拙ブログても、『韓非子』の話題は時々、取り上げてきた。彼の思考は緻密で、隙が無い。まさに論破の連続である。だが、彼は嫌われてきたのは、なぜか。

確かに、彼の意見は論理的だ。多くの問題で、いろんなことを喝破している。ところが、人々を説得する場合、それでは不十分。一体、何が足りないのか。

それは彼の理論が左脳的ということのようだ。多くの場合、状況判断は無視されて、こちらに偏りすぎている。よって、政治家の人たちが、韓非子理論をそのまま援用すると、必ず失敗する。あるいは一時的に成功しても、人の心は離れていく。

理屈は分かりやすいが、人間社会は、それだけでは動かない。やはり「情」の部分は無視できない。拙ブログで、度々記してきたように、情理バランスが大切である。特に、若い方は、『韓非子』の読み方には注意が必要である。

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2018年9月 3日 (月)

相手に関心がありすぎると、、、

ネットで、芸能人の発言の揚げ足取りコメントが目立つ。何気なく発言したことを捉え、ああだこうだと批判する人たちがいる。それを修正しても、ねちねちと攻撃する輩がいる。

もちろん、それが正論のこともある。ただ、物事には、多くの見方があり、自身の意見が正しいとは限らない。

それより悪いのは、どうでもいいことを、あれこれ捉えて、攻撃する人たちだ。彼らのライバル芸能人の手先なのだろうか。あんたたち、暇なんだねえ。それとも、対象に関心がありすぎるのかな。

他人の振り見て我が振り直せ、とはよく言うけれど、アラが見えるのなら、まず自分を見つめてみよと言いたい。流風も、あまり偉そうなこと言えないけれど(笑)。

*追記

情報機器の普及で、各人がいろいろ意見を述べられることは、好ましいことだが、個人の見解については、思慮深く、意見を言う必要がある。個人名を出しての批判は慎重になった方がいいかもしれない。

ただ、有名人である政治家、芸能人等は、その行動、発言は、より慎重になる必要がある。彼らの発信には、多くの人が見聞きしているという認識が大切だ。

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2018年9月 2日 (日)

『宗竺居士家訓』を読む その十二 同族の戒め

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第十二項で、同族の戒めについて述べている。一応、今回で最終とします。

現代語解釈は流風。

十二、「同族であっても、甘えを捨て、お互い自ら戒め慎み、誤りなきように事を進めるように努力せよ。そうして、もし敢えて道に外れることをやる者がいれば、同族は協議して、厳重に処分せよ」

原文(仮名遣いは一部修正)

十二、「同族は互いに相戒飭(かいちょく。いましめること)して、過誤なからん事を努むべし。而して若し不義の行為を敢えてする者生ぜば、同族協議して、その処分を講ぜよ」

同族一体あれば、組織間のルールは、より厳しく運用していく必要がある。以前にも記したように組織は蟻の一穴で滅ぶこともある。相互に厳しくチェックして、誤りなきようにする。

*追記

第十三項もあるが、現代民主主義社会とは、考え方がずれているので、ここでは取り上げない。

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2018年9月 1日 (土)

『宗竺居士家訓』を読む その十一 決断力

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第十一項で、決断力について述べている。

現代語解釈は流風。

十一、「決断力は、あらゆる場合に求められるが、商売に於いても、特に必要となる。例えば、事業を見切って一時の損失を出しても、赤字の垂れ流しを放置して後日、多大の損失を出すより、いいことは明らか」。

原文(仮名遣いは一部修正)

十一、「決断力は万事に必要なるも、商売に於いて特に然りとす、仮令(たとえ)一時の損失を忍んで見切るとも、後日に至って、より大なる損耗を醸すに優る」

商売に於いては、いろんな場面で決断力が求められる。進むべきか、退くべきか。特に退く決断は勇気がいる。それなりの覚悟もいる。日頃から判断基準を明確にしておくことが決断を遅らせない。

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2018年8月31日 (金)

『宗竺居士家訓』を読む その十 新人の人材育成

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第十項で、新人の人材育成について述べている。

現代語解釈は流風。

十、「人は、その道に通じなければ、他者を率いる人材にはならない。そこで、預かった子弟を基礎となる事務を徹底的に習得させる。そのようにして、ようやく、その根本を十分に理解した時、実地訓練として、支店に代理勤務をさせてみる」

原文(仮名遣いは一部修正)

十、「己れ、其の道に通ぜざれば、他を率いる能わず。宜しく子弟をして小僧の執るべき事務を習熟せしめ、漸を追うて其の奧に達する時は、支店に代勤して実地に当たらしむべし」

人材育成の基礎は、新人教育において、基礎の基礎を徹底的に仕込むことが大切と説く。現代で言えば、大卒は、企業で働く基礎ができていないのに、プライドだけ高い場合が散見される。

しかしながら、まず新入社員には、まず企業の「丁稚」レベルの接客・作業の仕事をまず習得させる。そして全体の仕事の流れの内容を完全把握させる必要がある。その上で一般事務(業務・会計)の内容・意味を十分理解させる必要がある。それをしないで、中途半端に、いきなり営業・現場の一線に出すと、本人も苦しむし、会社にも迷惑を掛けることになる。

この家訓は、人材育成について、慎重な姿勢を促したと捉えられる。

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2018年8月30日 (木)

『宗竺居士家訓』を読む その九 事業専念

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第九項。事業専念について。

現代語訳は流風。

九、「志を持って事業に取り組む以上、わき目も振らず専念しなければも成功は覚束ない。連綿と続く我が家には、やるべき家業がある。よって、それらを十分こなすだけで、身を立てるには十分だ。少し苦しくなったからと言って、他の事業に乗り出してはならない。(特に、相場に手を出したり、大きな得意先だからと言って金を貸してはならない)

原文(一部現代仮名遣いに修正)

九、{志(こころざし)専(もっぱ)らならざれば、業成らず、我家累代の家業あり、依って以て家を起こし、身を立つるに足る、決して他業に指を染むるなかれ。(なお、相場、大名貸をいましむ)

事業に専念することを重視している。もちろん、老舗だからと言って、それだけで慢心してはならない。事業は、時代に合わせて革新が必要だ。事業をやる軸がぶれなければ、問題はない。経営者は、営々と続いてきた自社の核となるものを再認識して、それを元に革新・進展させていく姿勢が求められる。

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2018年8月29日 (水)

テキスト・メッセージは伝わらないか

若い人たちは(最近は、若者だけでなく)、スマホで、LINEとかメールで、いろいろやり取りしており、また即返が求められるようである。では、本当に、彼らの意思疎通は正確に行われているのだろうか。流風は、多少、疑問を持っている。

そもそも、即答できるような、やり取りは、あまり意味がない。すなわち、瞬間の刹那的な言葉には限界がある。もちろん、切れる人同士のやり取りは、それなりに通用するのだろうが、一般人では、却って、誤解を招きかねない。

あるいは、どうでもいい、やり取りで、お互い無駄な時間を消費している。若い時は、気づかないが、人の一生の持ち時間は限られており、それをお互いに奪い合っていることを認識すべきだ。今のままで本当に、いいのだろうか。

米・豪の女優、ニコール・キッドマンは、「テキスト・メッセージは正確に伝わらないから、使わない」としている。必要な意思疎通は、電話か、直接会って伝えるそうだ。これには、流風も同意だ。多くの人は、メッセージの伝え方の再考が求められている。

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『宗竺居士家訓』を読む その八~人材の入れ替え

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第八項で、人材について述べている。

現代語解釈は流風。

八、「事業経営の要は、人材にある。それは有能な人材、才智のある人材を採用し、彼らが持つ特別な能力を発揮できるように、それなりに地位に就けることが大切だ。当然、すべきこととして、組織の新陳代謝を促し、新進で意気込みのある人材を採用せよ」

原文(仮名遣いは一部修正)

八、「事業経営の要は、俊秀の材、有為の士を用いて、おのおの、その特技を揮(ふる)わしむるに在り、須(すべか)く老朽を淘汰して、新進の人物を雇用すべし」

どんな企業組織も、時間が経てば、保守化し、老成する。それを成熟を捉えることも可能だが、そのままだと、企業は衰退する。これを防ぐには、組織改革して、新風を送り込むため、新進の人材を取り込むことが必要だ。

確かに、そうすると組織に波風が立つが、それを恐れてはならない。もちろん、それには長期的視野と短期採算性をバランスさせることも大切だ。

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2018年8月28日 (火)

『宗竺居士家訓』を読む その七~会計監査

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第七項。

現代語解釈は流風。

七、「本店に於いては、各支店の会計報告を精査し、よく監査せよ。但し、基準がバラバラにならないように統一して、乱れることのないように努力せよ」

原文(仮名遣いは一部修正)

七、「本店に於いては、各支店の会計報告を徴し、よく之を監査して、その統一を図り、紊乱(びんらん)を防止するに努むべし」

支店の会計は、事業によって、その扱いは多少異なるゆえ、事業の性格をよく理解した上、監査せよ。ただ、会計監査の様式は統一感のあるものにせよ、ということだろう。

現代でも、会計監査は、形だけのものになりがちだが、本来は、監査役は事業について、十分理解していないと、本来の監査はできない。事業の問題や課題の抽出も監査の役割と言える。それには深い洞察力が求められる。

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